映画

まだ観てないのは、 まだ辿り着いていないから。| 町山智浩 (映画評論家)

告白。私が観なかった理由。

No. 882(2018.11.15発行)
続・いまさら観てないとは言えない映画。
町山智浩

言葉にしてはいけない恋を演技と映像だけで描くという、難しいことをしていたのがサーク監督だったんです。

「まだ観てない映画が思いつかない」とは、インタビュー依頼時の第一声だ。映画評論家としてメディアで紹介した作品は2000本を超え、飯田橋界隈での映画少年時代から米国在住のいままでに観た映画となれば、それ以上。そんな町山さんの「まだ観てない映画」は「まだ辿り着いていない映画」である。では、“辿り着く”とはどういうことなのか?

「もともとは、アクションやホラー、怪獣、SF映画ばかりを観ていました。途中からジャンルを問わずに全部観るようになったきっかけは、淀川長治さんの『燃えよドラゴン』解説です。“クライマックスの敵のボスとの対決シーンは、オーソン・ウェルズ監督の『上海から来た女』における鏡の部屋での対決を基にしている。だから『燃えよドラゴン』は、ばかげたカンフー映画ではなく、映画史の伝統にのっとって作られている”と褒めていらしたんです。それで『上海から来た女』を観たら、すごく面白かった。辿り着いたから観てみたら、面白かったんです」

興味のない昔の名作でも、好きなカンフー映画や怪獣映画とつながっている場合があると知り、ジャンルの縛りを解いた町山さん。渡米後は、現代映画監督たちが作品に込めるヒントによって、観ていなかった作品に辿り着く機会も増えた。その例が、ダグラス・サーク監督が裕福な家庭の夫を亡くした女性と貧しい庭師の青年の禁断の愛を描いた『天はすべて許し給う』と、マックス・オフュルス監督が3組の男女の数奇な関係を描いたオムニバス映画『快楽』。ともに、ある種のメロドラマだ。

「『天はすべて許し給う』に辿り着いたきっかけは、クエンティン・タランティーノ監督の『ジャッキーブラウン』です。これ、いつものアクションを期待して観たら、年をとりすぎて恋に踏み込めない中年男女のプラトニックラブの話だった。何だこれ? と思いつつ、彼が作った理由が絶対にあるはずだと考えました。そこで思いついたのが、『パルプ・フィクション』のレストランシーンに出てくる“ダグラス・サーク・ステーキがもしあったとしたら?”というセリフ。“外側はカリカリに焦げるぐらいドライだけれど、中身はしっとりと血が滴るようにジューシー”というんです。実は、1950年代の米国では映画の恋愛表現に規制があって、不倫や身分差のある恋愛、人種間の恋愛などを描くことが禁じられていた。つまり、言葉にしてはいけない恋を演技と映像だけで描くという、難しいことをしていたのがサーク監督だったんです。タランティーノは『パルプ・フィクション』でネタを振り、『ジャッキーブラウン』でサークを真似て、触れそうで触れないしっとりとした恋愛を描いたんですね。僕はそれがきっかけで、サークの最高傑作といわれる『天はすべて許し給う』を観ました。ちなみに、トッド・ヘインズ監督の『エデンより彼方に』も同作のパロディ映画です。時代設定、撮り方、色彩、演技、セットまですべて一緒。それでヘインズ監督に、サーク作品を知ったきっかけを聞いたら、彼が好きなドイツのライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の『不安と魂』(孤独なドイツ人清掃員の老女と、若いモロッコ人の労働者の愛と苦悩を描いた作品)の元ネタがサークだったと言うんです。タランティーノとヘインズを掘ったらサークが出てきて、さらに掘ったらファスビンダーにも辿り着いたという。まさに芋づる式なんですね」

撮影のテクニックも辿れる。 映画はオマージュの連続だ。

そんなサークと並ぶ、50年代の米メロドラマにおける名監督が『快楽』のオフュルス監督。辿り着いたきっかけは監督ポールトーマス・アンダーソンだった。

「数年前にアンダーソン監督がオフュルスのカメラワークを絶賛していたので、観始めました。オフュルスの時代はステディカムやドローンなどの機材がないのに、浮遊しているかのようなカメラワークがすごい。おそらくレールを敷いて、大きいカメラを動かしていたんでしょう。アンダーソンが『ファントム・スレッド』でフィルム用の大きなカメラを使って、螺旋階段を上がったりしていたので、インタビュー時に“大変でしたね”と言うと“オフュルスがやってるんだから俺にもできると思った”と笑っていました。ちなみに『快楽』のなかで、新進の画家に捨てられそうになったモデルの女の子が、階段を駆け上がって窓から飛び降りるシーンがあるのですが、カメラが狭い階段で女の子を追い抜いて、そのままワンカットで窓を飛び出して下に落ちるんです。これ、スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』で主人公が追い詰められて自殺するシーンとまったく同じ撮り方。カメラを投げてるんですね。アンダーソンいわく、キューブリックはオフュルス好きだったとのこと。キューブリックの『突撃』では、主人公のカーク・ダグラスが憎い上司と論争するシーンをオフュルスの命日に撮影したため、彼に捧げるためにそのカメラワークを真似したんだそう。ここでも、アンダーソンからキューブリック、オフュルスへと辿り着きました」

こんなふうに映画監督たちが落とすヒントと、町山さんの芋づる式発見術には際限がない。いまは思いつかない「まだ観てない映画」は、奥深い映画史のどこかに隠れているのだろう。
「すごいなと思うシーンには、必ず何か元ネタがある。監督たちもすごい量の映画を片っ端から観て、知らない映画に辿り着き、自分の作品が着想を得た映画のヒントを落としてるんです。あとは、観る人がそれをどう拾うか。だから僕にも本当は、まだ辿り着いていない映画がいっぱいあると思います」

『快楽』

『快楽』

'52仏/監督:マックス・オフュルス/出演:クロード・ドーファン、ギャビー・モルレー、マドレーヌ・ルノーほか/ジュネス企画/4,667円(DVD)。

『天はすべて許し給う』

『天はすべて許し給う』

'55米/監督:ダグラス・サーク/出演:ジェーン・ワイマン、ロック・ハドソンほか/IVC/『ダグラス・サーク コレクションDVD−BOX−1』廃盤(DVD)。

Tomohiro Machiyama

1962年東京都生まれ、米カリフォルニア州バークレー在住。95年に『映画秘宝』(洋泉社)を創刊したほか、『最も危険なアメリカ映画』『「最前線の映画」を読む』(共に集英社)など著書多数。

photo/
Yoko Takahashi
text/
Yuki Machida
special thanks/
Grand Lake Theatre

本記事は雑誌BRUTUS882号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は882号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.882
続・いまさら観てないとは言えない映画。(2018.11.15発行)

関連記事