エンターテインメント

観たくても観られない。 そんな時代を生きてきた。| 大林宣彦 (映画監督)

告白。私が観なかった理由。

No. 882(2018.11.15発行)
続・いまさら観てないとは言えない映画。
大林宣彦

観たいと思った映画はすべて観てきた。

あんな人物の映画は観たくないと思っても、観ればその人を深く理解できるので、積極的に観るようにしている。だから「観てない映画は?」と聞かれても、思い当たるものがない。そう話す大林宣彦監督には、しかし観たいと思っても映画を観ることのできない時期があった。
「戦後、被占領期は映画を観られませんでしたからね、GHQ(連合国軍総司令部)が観せてくれるもの以外は。GHQ最高司令官のマッカーサーが、日本人にアメリカのことを理解させるためには映画が一番いいぞと、そう考えて、占領政策として映画日本人を教育しようとしたんです。だからGHQの推薦する映画だけが輸入されて、それを僕たちが観ると。あの名作『風と共に去りぬ』も、そんな占領政策のもと上映できなくてね。いつ観られるか、いつ観られるかと思っていても、いっこうに観ることができませんでした」言うまでもなく、マーガレット・ミッチェルのベストセラー小説を映画化した『風と共に去りぬ』は、1939年のアメリカ公開後、世界的な大ヒットを記録し、アカデミー賞9部門に輝いた映画史上不朽の名作である。ところが日本では、太平洋戦争とGHQによる占領期を挟み、本国公開から十数年を経るまで、劇場で上映される機会がなかった。
「『風と共に去りぬ』は、待ちに待って観られるようになったのが52年です。なぜかといえば、あれは南北戦争で負けた南部の物語ですからね。しかもその背景には人種差別が描かれているので、そんなアメリカの恥部を敗戦国民に観せてはならんと。それで日本が独立を果たした52年、GHQの占領政策から自由になって、初めて国内で上映できたんです。いまならば本国と同時に公開されることも多いでしょう? 
でも僕が一所懸命に映画を観てきた時代はそうじゃなかった。70年代の『スター・ウォーズ』第1作だって、アメリカで評判になってから日本で封切られるまで1年かかっています。待ちきれなくて、僕はアメリカまで観に行きましたよ。『ジョーズ』も、鮫が人を襲うすごい映画があると聞いて、家族を連れてハワイへ観に行ってね。驚きました」

見えないものを暗闇に観る。 それが映画なんです。

52年、遂に『風と共に去りぬ』は日本公開された。描かれるのは、南北戦争の敗戦によって財産を失い、最愛の人との恋にも破れてしまう主人公、スカーレット・オハラの波瀾万丈の人生。39年の公開当時、それは極彩色の映像美と、4時間近くに及ぶ壮大なドラマで観る人を圧倒したが、面白いことに、52年の日本ではまた違う視点で『風と共に去りぬ』が支持されることになった。
「敗戦後の僕たちにとって、あれは敗戦国の映画に見えちゃったんです。南部という敗戦国のね。スカーレット・オハラが最後の場面で言う“明日は明日の風が吹く”、あれも名セリフですね。畑から抜いた大根を、泥が付いたままかじりながら、私は明日の希望のために生きると力強く言う彼女の姿は、敗戦から立ち上がるヒロインの姿のように見えました。戦争に負け、家族も離散した中、女一人で生き抜かなきゃならないというね。だからあれは、アメリカの人にとっては失われた南部へのノスタルジーでもあったんだろうけど、僕たちにとってはそれ以上に、敗戦国民が未来に向けて生きていくという、そんな勇気をもらう映画になったんです」
 かつて観た映画のことを、まるでつい先日観たかのように生き生きと話す。映画の記憶が大林監督の脳裏に、一コマ一コマの画まで鮮明に焼き付いている証しだ。そもそも映画とは、コマとコマとの間に見えないものを観ることなのだと、大林監督は言う。
「フィルムって1秒間に24コマあるでしょう。映写機はその1コマを映すとシャッターが下りて、シャッターの後ろで次のコマに替わって、それを映すとまたシャッターが下りて、っていうことを繰り返してるんですね。その時、シャッターが閉じてるのは5/9秒、下りてるのは4/9秒。つまり90分の映画なら、50分間はスクリーンに映像が映っていて、40分間は何も映ってないんです。じゃあその40分間、人は何を観てるかというと、暗闇に残像を観ている。映像だけ観てるとね、いい男だとかいい女だとか、そんなことばかり観ちゃうんです。でも暗闇の中だと、決して見えるはずのない心が見えるんですよ。映像を観て感心する、暗闇を観て感動する  それが映画のマジックですね」
 大林監督が思い起こすのは、晩年の黒澤明監督がポツリと漏らしたこんな言葉だ。
「黒さんがね、俺はもともと絵描きだから映画とはコマに画を映すことだと思ってきたけど、どうも俺の撮ってない画が紛れ込んでるんだって、80歳を過ぎてから言ったんです。大林くん、やっと気づいたよ、映画とはコマとコマとの間に隠れてるんだ、そこに宿る魂をどう引っ張り出すかが監督の仕事なんだと。だからようやく映画がわかってきたというのが、晩年の黒さんの口癖でしたね。見えないものが想像力により補われて豊かになる。それが映画なんです」

『風と共に去りぬ』

『風と共に去りぬ』

'39米/監督:ヴィクター・フレミング/出演:ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブルほか/ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント/1,500円(BD)。

『ジョーズ』

『ジョーズ』

'75米/監督:スティーヴン・スピルバーグ/出演:ロイ・シャイダー、ロバート・ショウほか/NBCユニバーサル・エンターテイメント/1,886円(BD)。

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Nobuhiko Obayashi

1938年広島県生まれ。自主製作映画CMで脚光を浴び、77年に商業映画進出。『転校生』などの名作を生んだ郷里・尾道が舞台の新作『海辺の映画館−キネマの玉手箱』は2019年公開予定。

photo/
Satoko Imazu
text/
Yusuke Monma

本記事は雑誌BRUTUS882号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は882号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.882
続・いまさら観てないとは言えない映画。(2018.11.15発行)

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