エンターテインメント

大事なのは、役者の心を開くのではなく、まず自分自身を開くこと。

BRUTUSCOPE

No. 880(2018.10.15発行)
洋菓子好き。
松永大司 まつなが・だいし/1974年東京都生まれ。役者としての活動を経て、2011年にドキュメンタリー映画『ピュ~ぴる』で監督デビュー。15年、初の長編劇映画『トイレのピエタ』が高く評価された。橋口亮輔監督の映画『ハッシュ!』(01年)には役者として出演。
橋口亮輔 はしぐち・りょうすけ/1962年長崎県生まれ。92年、『二十才の微熱』で劇場長編監督デビュー。95年、『渚のシンドバッド』でロッテルダム国際映画祭グランプリを獲得した。2015年の監督作『恋人たち』はキネマ旬報日本映画ベスト・テン第1位に選出されている。

原作は村上春樹の短編小説。新鋭・松永大司監督による映画『ハナレイ・ベイ』公開。

東京奇譚集』に収録された村上春樹の短編を、松永大司監督が自らの脚本で映画化した『ハナレイ・ベイ』は、美しいハワイの風景の中、大切な息子を失った母の喪失感を静かに描いていく物語。もとは役者だった松永監督が憧れ、その作品やワークショップを通して演出法を吸収していった橋口亮輔監督に、まずはこの作品の感想から聞いた。

橋口亮輔 
拝見して、1作目の『トイレのピエタ』とは段違いだと思いました。感動しました。大ちゃん、ものすごく成長したなって。先輩の監督が偉そうにって思われるかもしれないけど。
松永大司 
いえいえ。ありがとうございます。
橋口 
まず脚本が素晴らしいと思ったよ。エピソードの積み重ね方が映画的で、見せるところと見せないところを注意深く選び取りながら脚本を作っているなと。主人公が感情を吐露するわけでも、回想でべたべた見せていくわけでもない、シンプルな話だから描き方が難しいよね。
松永 
そうなんです。静かな話だし、そもそも短編なので、長編にするに当たってハワイで取材したエピソードを付け加えていって。
橋口 
オリジナルのエピソードも入ってるんだ?
松永 
はい。亡くなった息子の手形を火葬前に取るエピソードもそうですし、「手形を取りませんか?」って母親のサチに言う人は、ハワイで取材をしていた時、実際に手形を取る説明をしてくれた現地の人なんです。ハワイの人たちはほとんど素人の人たちを使いましたね。
橋口 
いい味出してたよね。日本映画に出てくる外国の人はへたなことが多いけど、『ゴジラ FINAL WARS』とか(笑)。母親に扮した吉田羊さんも適役だったと思う。初めて涙を流すシーンで、吉田さんが荒れるでしょう? あの場面も、いかにもこの人は傷ついてます、苦しんでますという見せ方じゃなくて、この人はこういうことをやるんだろうなと、あの一場面で腑に落ちる。リアルなんだよね。
松永 
吉田さんには、サチが抱えている苦しみや憤りは、吉田さんもきっと抱えているものだと思うという話を最初にさせてもらいました。だから吉田さんそのものでいいんですよって。終盤、その思いをぶつけるように、サチが巨木を押すシーンがあるんですけど。
橋口 
あったね。
松永 
あれはシナリオになかった場面なんです。でもその場で撮ろうと思って、「生きていると、どうにもならないことがあるじゃないですか? それをこの木にぶつけてください」って吉田さんに話して、ああいうふうにやってもらって。ただOKを出した後、僕は悔しくて泣いてたんですよ。
橋口 
どうして?
松永 
もっとできるんじゃないかと思って。カットがかかった瞬間に僕が泣いていたので、吉田さんはすごくいいシーンが撮れたと思ったらしいんです。でも僕は、実は全然覚えてないんですけど、吉田さんに「僕の方がもっと苦しい思いをしています」って言ったらしくて。
橋口 
何、それ? 最低(笑)。
松永 
最低ですよね(笑)。
橋口 
でもあの木を押すシーンはとても良かったよ。もう一度息子に会わせてくださいって、母親が木にお願いしているようにも見えて。今回、そういった演出の面でも、大ちゃんは格段に成長したなと思う。役者さんと距離を保ちながら、どこまで踏み込んでいくか。その一線の引き方がとても誠実だよね。
松永 
橋口さんを前にして言うのも変ですけど、橋口さんに初めてお会いして、『ハッシュ!』に役者として出していただく前から、橋口さんの映画が好きだったんです。僕が映画を通して観たいと思っているのは、人が変化する瞬間、人が持っているいろいろな感情が出てきてしまう瞬間なんですね。そういう観ちゃいけないものを観ているような瞬間が、橋口さんの映画にはいつもあって。だから僕もそういう瞬間を撮りたいと思ってるんです。
橋口 
そのために大事なことは、役者さんの心をこじ開けようとするんじゃなく、まず自分自身を開くことだよね。こっちはすべて見せるから、あなたもあなた自身を見せてねって。僕の場合、言葉にして言うわけではないけど、たぶん無言の圧があると思う(笑)。でもこっちが裸になって向き合えば、自然と裸になって、相手も向き合ってくれるはずです。
松永 
僕もそう思います。だから役者さんに対して、まず自分のことをちゃんと伝えなきゃいけないと思っていて。それは橋口さんのワークショップをお手伝いしていた時にも感じたことです。橋口さんが役者にどんな言葉をかけているのか、そういう言葉のかけ方や役者と向き合う姿勢は、橋口さんから受けた影響がすごく大きいと思います。
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『ハナレイ・ベイ』
監督:松永大司/出演:吉田羊、佐野玲於/サチの一人息子タカシは、ハワイ・カウアイ島のハナレイ・ベイで、サーフィン中に命を落とした。毎年のようにハナレイ・ベイを訪れ、息子の死を乗り越えようとするサチの10年間を、ハワイの美しい風景の中に描き出す感動の再生劇。共演は村上虹郎10月19日新宿ピカデリーほかで全国公開。©2018 『ハナレイ・ベイ』製作委員会

photo/
Tomoo Ogawa
text/
Yusuke Monma

本記事は雑誌BRUTUS880号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は880号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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