【チェコ女はモジモジし、バリ男にはロマンがある。】不意打ちで食らった大河ロマン。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 879(2018.10.01発行)
心を開放する旅、本、音楽。
クネドリーキ(ゆでパン)はなぜか懐かしい味わい。
時差約5時間、首都間の距離は約1万㎞、実際の移動時間は乗り継ぎ便で18時間ほど。

東京の真ん中あたりで錯綜した、2種類の感情とは……。

 ドスの効いた大人が通うスナックや瀟洒な小料理屋の立ち並ぶ荒木町に、こんなに足を運ぶ人生が自分に訪れようとは、10年前には考えたこともなかった。大人としてまっとうに働いている意識の低い人間としてはうまく言えないが、東京の真ん中あたりの町は敷居が高いのである。そういえば、初めて文筆の仕事をしたのも本誌もそうだがマガジンハウスで、マガハは東銀座にあるので、笹塚の自宅から東銀座の放つ眩しい輝きに、「階層が違う」と、鞄で顔を隠すようにして通ったものである。
 じゃあ、なぜ今荒木町によく行くのかというと、この連載の編集をしてくれているママのスナックがあるからである。なぜ、スナックのママが編集をしているのかという不思議過ぎる事情については、またおいおい書くが、知り合いの女優がそのスナックでバイトをし始めたのをきっかけにもう、10年、ママのスナックに通ってはハイボール片手に下手なカラオケをがなっているのである。
 今回は、その荒木町にあるチェコ料理屋「だあしゑんか」にまず行ってみた。チェコといえば、やたらと人形アニメ作りが盛んで、そういえば昔は最近引退したヤン・シュヴァンクマイエルの新作のチラシにコメントを書く仕事がよく来たなあ、といった印象ぐらいしかない。シュヴァンクマイエルといえば、グロであり、グロといえば松尾。そういう時代もあったのである。今も、まあ、あるといえばある。「だあしゑんか」
荒木町杉大門通りの地下にある。人形の小物やインテリアなど全体的にかわいらしい色彩に溢れていて、おっさんの町荒木町の中では、やけに女の子女の子した空間が異彩を放っている。とりあえず前菜のザワークラウトやカマンベールチーズをスパイスで漬け込んだマリネなどをつまみに、甘味とコクがあるチェコのビール。ビールをよく飲む国らしく、ここのオーナーは日本人なのだが、ビール好きが高じてチェコ料理屋で修業し、この店を開くに至ったという。次に出て来たテリーヌは、見た目は色とりどりで美しいが主役は豚モツ。さすがはアニメの国、豚モツまでかわいく仕立ててしまうのである。これはいいな! と思ったのがカリフラワーのフリット。ビールといえば揚げ物が食べたいが、この歳になると控えたいところ。でも、カリフラワーならヘルシーでしょうと、罪悪感が薄まるし、実際うまい。シャルティバルシチェイは冷たいボルシチと呼ばれ、ビーツを使っているので「飲めるのこれ?」というほど毒々しいピンク色のスープ。しかし、見た目と違って酸味が効いた甘めのあっさり味で、塩味がしっかりして意外とガーリックの効いたチェコ料理の箸休めに実にいい。グラーシュというハヤシライスのような煮込みに、クネドリーキという茹でたパンをつけて食うものがメインでしょうか。茹でパンは、田舎で母親が作ってくれた蒸しパンに近い味がして懐かしかった。
 チェコ人と一緒に住んでいたことのある担当のKによれば、チェコ人は人のいい人が多く、東日本大震災の頃は街ゆく人が金を恵んでくれそうになったこともあるという。働いているチェコ人の女の子は、何を聞いてもモジモジ身をよじりながら話す子で、その仕草がなんだか日本人ぽくて、実に好感が持てた。どこかで見たことのある雰囲気だと思ったら、前の女房の妹そっくりで、彼女もモジモジ話す内気な子だった。今、元気にしてるかなあ、なんてことを思って急にしんみりしたり。
 お次は外苑前バリレストラン「ブリ・マデ」。S社長の会社の経理の女性の旦那がバリ人で、10年ほど前に連れて来てもらったのだそう。経理の旦那がバリ人……? いや、深掘りしている枚数はない。バリには2回ほど行ったことがあり、そのとき、ナシゴレンとサテという焼き鳥を吐くほど食ったので警戒していたが、今回それは出なかった。「インドネシアはイスラム教だが、バリはヒンズー教が主流なので豚肉も食べられます」と、社長。なので、豚肉料理が立て続けに出て来る。サテ・バビというスパイシーな豚肉の串焼きや、かなりとんこつラーメンを想起させるトンソクのスープのクワバルン。特にラワールという、豚の耳とひき肉、ジャックフルーツ、ココナッツフレークなどを香辛料で和えたものは、食感がおもしろく酒のつまみに最高であった。納豆文化もあるらしく、テンペは納豆の素揚げ。ふっと風味がミャンマー料理を思い出す。アジアは、つながっている。
 店長のイ・マデ・スギタさんは、まったく日本語の話せない状態で日本に来て、いっかいの新聞配達から仕事をスタートさせて、外苑前に店を構えたという。なんという大河ロマン。外国料理屋に行くと、たまにそんなロマンを真正面からノーガードでくらうことがあるので要注意だ。
しんみりとロマン。今回の食の旅では、2種類の感情を松尾はいただきました。

シャルティバルシチェイ チェコには夏の冷たいスープがないためリトアニアのビーツのスープを。鮮やかなピンク色はしばらく眺めていたい美しさ。ディルの香りも豊かで、爽やかな気持ちになる。720円。

ビール煮込みのグラーシュ たっぷりのタマネギを飴色になるまで炒め、生ビール、チェコ料理には欠かせないマジョラムなど様々なスパイスで2時間以上煮込んだ贅沢な逸品。クネドリーキと一緒に。1,540円。

カリフラワーのフライ カリフラワーとチーズをフリッター風にサクサクに揚げたフライ。チェコでもよく食べられる料理で、ちょうどよい塩気とホクホクな食感がビールにぴったりすぎる。720円。

チェコ風テリーヌの前菜盛り チェコの代表的な前菜の盛り合わせ。トラチェンカ(豚のもつ・卵・野菜のゼリー寄せ)、カマンベールチーズのマリネ、ポテトサラダ、ザワークラウトが一皿に。1,170円。

モラビア風ローストポーク チェコ東部の名物料理といわれるローストポークはチェコ風の豚の角煮。外はカリッと、中はジューシーで軟らかく、その丁寧な食感がザワークラウトの酸味とよく合う。840円。

だあしゑんか 【MEMO】 もともとビールが好きだったオーナーの高野文雄さん。チェコビールがピルスナーの原点と知り、それをきっかけに文化や料理に興味を持つように。その後、偶然にも都内のチェコ料理屋で働くことに! 帰国が決まっていたシェフの現地の味を受け継ぐべく1年間修業を積み独立、2008年だあしゑんかをオープン。素朴なチェコの味わいはもちろん、店内にちりばめられた高野さんのコレクションを眺めているだけでも旅行気分に。

サンバル 料理に辛味やアクセントが欲しいときにトッピングする最高の味変アイテム。今回は4種注文。発酵エビ味噌の豊かな風味が癖になるセレタビオ(右下)はおすすめ。各300円。

ラワール ジャックフルーツ、豚の耳・挽き肉、ココナッツフレークを、レモングラス・コブミカンの葉などたっぷりのハーブとスパイスで和えたバリ独特の料理。口の中が楽しくなる。1,100円。

ぺぺスイカン まさに「アジア」を感じるエスニックな味覚の集合体。様々なスパイスをサバと合わせバナナの葉で包み焼く。見た目と裏腹に上品であっさりフレッシュなハーブをしっかり感じる。1,000円。

ガドガド 甘辛いピーナッツソースを、ゆでた野菜、厚揚げ、卵と合わせて食べるインドネシアの国民食。いくらでも食べられそうな温かい味わい。サンバルで味変もぜひ。850円。

サテ・バビ(左)、サテ・カンビン(右) インドネシア料理といえばサテ(串焼き)。中でも豚肉のサテ・バビを食べられるのはバリだけ。オリジナルのミックススパイスに漬け込み焼いた間違いない旨さといったら。1本250円。

クワバルン ほろほろになるまで煮込まれたスペアリブと豚足のスープ。ほのかに豚骨ラーメン感もあり、ラーメン好きの松尾さんいわく麺を入れるなら「バリカタ」とのこと。1,000円。

ブリ・マデ 【MEMO】 オーナーシェフのイ・マデ・スギタさんが日本人の奥様と息子さんと来日したのは2004年のこと。ある夜、新宿のスナックでバリ料理を振る舞ったことがきっかけとなり、マデさんの腕を見込んだオーナーと共に、幡ヶ谷に最初のレストランをオープンすることに。その後、数々の飲食店で経験を重ね、09年、自分自身でブリ・マデを開いた。バリでワルン(食堂)を開いていたお母さんゆずりの優しい味わいを堪能してほしい。

カテゴリの記事をもっと読む

SUZUKI MATSUO
1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。最新刊『もう「はい」としか言えない』(文藝春秋)。近著に『ニンゲン御破算』(白水社)、『東京の夫婦』(小社刊)。メルマガ「松尾スズキの、のっぴきならない日常」配信中。https://www.mag2.
com/m/0001333630.html

photo/
Shinichi Yokoyama
text/
松尾スズキ, アーバンのママ
illustration/
松尾スズキ
special thanks/
Coordinated by 坂本雅司

本記事は雑誌BRUTUS879号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は879号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.879
心を開放する旅、本、音楽。(2018.10.01発行)

関連記事