書籍・読書

吉本ばなな『どんぐり姉妹』のどん子、ぐり子

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 879(2018.10.01発行)
心を開放する旅、本、音楽。

主治医:星野概念

名前:吉本ばなな『どんぐり姉妹』のどん子、ぐり子

病状:どうして人はあたたかい言葉や優しい仕草が嬉しいんだろう、それは私がまだ肉体の段階では獣の側面を持っているからなんだ、そう思う。

備考:両親の死、祖父の介護などの苦しい時間を乗り越えた姉妹は、ネットの中の居場所「どんぐり姉妹」を開き、たわいのない言葉で人々の心を解く。新潮文庫/550円。

診断結果:誰しもが持つ、小さな物語にそっと寄り添うように。

 姉のどん子は恋愛体質、妹のぐり子は時々引きこもる静かな気質。姉の出生時、もう1人できると確信して名前をセットで考えたかわいい両親は、ぐり子が10歳の時に交通事故で死にます。父方叔父宅に引き取られ、茶畑の手伝いをした平和な数年間の後、経済的に豊かな母方叔母宅に2人は転居しますが、医者と見合いさせるという見通しを聞き、どん子は家出。それからぐり子は一時的に幻覚を体験したり、痩せて腎臓を壊します。一方どん子も生活が立ち行かず、父方祖父に直談判して、2人で祖父の養女になります。人嫌いだけど本が好きで高潔な祖父との生活は穏やか。介護も全うします。祖父の死後、2人は、ささやかだけど知人には言いたくない程度の相談に、たわいない返事をする相談サイト「どんぐり姉妹」を始めます。そこでの相談をきっかけに、ぐり子は初恋の人を思い出し、象徴的な夢の中で心の底のモヤモヤを少し克服。どん子はこれまでと少し違う恋愛をして戸惑ったりしながら、2人で沖縄の陶器市に旅行するところで物語は幕。物語中での2人の小さな会話、ぐり子の現実と夢を行き来する連想などの描写は、2人の人生を細やかに想像させます。ナラティブで大切なことは科学で括りきれません。その大切さを、僕は科学が主体の医療現場で日々痛感します。このジレンマ、抱えていてもいいのだと思える素敵で心強い作品でした。

ほしの・がいねん/精神科医。音楽活動もさまざまに行う。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が発売中。

edit/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS879号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は879号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.879
心を開放する旅、本、音楽。(2018.10.01発行)

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