文士たちも遊んだ「大森芸者」との夜。【大森海岸】

細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」

No. 878(2018.09.15発行)
LONDON 服の学び場。STYLEBOOK 2018-19 A/W
お座敷遊びの定番の一つとして知られる「トラトラ(虎拳)」は屏風の衝立を挟み、三味線と囃子歌に合わせて虎・女物・鉄砲の三すくみで争うジェスチャーじゃんけん。
会席のコンパニオンとして日本舞踊や長唄、三味線などを披露してくれる芸妓の「なの葉」さん。
芸妓の「君宝」さん。大森芸者の文化を受け継ぐ置屋〈由の家〉では、都内各所の料亭や宴会場などへ芸妓を派遣中。

細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」

音楽家と人類学者の時空を超えたぶらり旅。前回の大森から移動して「大森海岸」へ。かつてこの地がビーチリゾートとして栄えた時代から現代まで続く「大森芸者」の文化を、体験学習(⁉)する。

一大「ビーチリゾート」エリアとしての大森。

ビルに囲まれた大森海岸に、「海辺の花街」の文化を探す。
中沢新一 前回の地味な貝塚から一転して(笑)、今回は芸者さんですよ。いや、この連載が始まって以来、絶対いつかは呼びたいと思ってたんだけど、ついに実現しました。
細野晴臣 いいねえ。「大森芸者」は昔から有名だもんね。
中沢 京急の「大森海岸駅」は今ではまったく海岸の面影がありませんが、戦前までは第一京浜国道の東側は砂浜でした。モース博士が貝塚を発見した品川〜横浜間の鉄道があり、交通の便が良いことから人気の海水浴場になった。そこに料亭がたくさんできて、花街が形成されました。一大リゾート地だったんです。
細野 そうなんだ。海辺の花街ってのが風情があるなあ。
中沢 その後、花街は近隣の南大井や平和島の東一帯の「大森新地」にも広がって、東京有数の花柳街を形成していました。そこに馬込周辺に住んでいた文士なんかも遊びに来ていたんですね。尾崎士郎や宇野千代、石坂洋次郎とか流行作家的な人が多かった。当時は文士が先進的なライフスタイルのリーダーでした。
細野 今ではちょっと想像できないね。高層ビルばかりで。昔は芸者さんもたくさんいたんだろうな。
中沢 でしょうね。今回、お呼びした芸者さん、「君宝」さんと「なの葉」さんの在籍する置屋〈由の家〉の女将さんに聞いてみましょう。
〈由の家〉の女将 はい、そうですね。私が芸者としてお座敷に出始めた昭和40年代くらいまでは、このあたりにもまだ300人くらいの芸者さんがおりました。それだけいると、毎日、お座敷で一緒になる芸者の方が違うんです。当時はお姉さんの名前を覚えるので精いっぱいでした。一日に3件もお座敷がかかる日があって、忙しかったですね。稽古も厳しかった。踊りと三味線、太鼓だけでなく、書道やお茶、お花もありました。ギターもやったんですよ。
細野 芸者さんがギター弾くの?
女将 はい。今みたいにカラオケがありませんでしたので。「まつのき小唄」とか「湯の町エレジー」とか、伴奏を弾いておりました。
中沢 「♫あなた待つのも まつのうち〜」なんてね。懐かしい。当時はどんなお客さんが来てたの?
女将 やっぱり接待がほとんどでしたね。商社の外国人の方なんかも多かったです。あと戦前だとVIPの方がパパラッチから身を隠して、船で来られることもあったみたいですね。料亭に船着場があって。
中沢 すごいなあ。今では接待で芸者遊びなんてほとんどないからね。
女将 そうですね。その後、クラブやキャバクラが出てきたりして、だんだん芸者遊びをされる方が減っていきました。この大森でも、芸者は今では15人ほど。何十もあった置屋も、今は3軒だけ。古くからやっているのはウチくらいです。
細野 昔は男芸者、「幇間」の人もいたよね。いわゆる「太鼓持ち」。
女将 はい。全国でも数名だけしかいらっしゃらないみたいですね。
細野 そうなんだ。そういう文化はなくなってほしくないな。中沢くんなんか素質ありそうだけど(笑)。
中沢 僕が? 実は若い頃、幇間の人に「いい筋してるよ」と言われたことあるんですよ。実際、その人の弟子よりも僕の方が才能あるなと思ったんですけどね(笑)。
女将 何とか死守していきたいですね、これも文化ですから。
細野 そろそろ一曲聴きたいなあ。
女将 はい。ではご当地ソングの「大森海岸小唄」を。北原白秋が作詞し、このあたりでは小学生の音楽の授業でも教えられるそうです。
中沢 いいね。次はやっぱり「トラトラ」がいいなあ。さあやろう。あそれ、トラトーラトーラトラ!

HARUOMI HOSONO
1947年東京都生まれ。音楽家。69年にエイプリル・フールでデビュー後、はっぴいえんど、ソロ、ティン・パン・アレー、YMOなどで活動。2017年、2枚組アルバム『Vu Jà Dé (ヴジャデ)』発表。

SHINICHI NAKAZAWA
1950年山梨県生まれ。人類学者。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治大学野生の科学研究所所長。『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)ほか著書多数。近著に『アースダイバー 東京の聖地』(講談社)。

photo/
Masaru Tatsuki
text/
Kosuke Ide
edit/
Naoko Yoshida

本記事は雑誌BRUTUS878号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は878号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.878
LONDON 服の学び場。STYLEBOOK 2018-19 A/W(2018.09.15発行)

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