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『のど自慢』に出たら、鐘三つが鳴ったんですよ。|里見浩太朗

TOKYO80s

No. 878(2018.09.15発行)
LONDON 服の学び場。STYLEBOOK 2018-19 A/W
PHOTO / SHINGO WAKAGI

里見浩太朗(第二回/全四回)

中学・高校時代も富士宮に住んでいて、中学からはテニスを、高校2年から音楽を始めました。西部劇洋画が入ってきた頃で、日本映画はというと時代劇です。チャンバラには興味がありました。小学校4年生の頃に、疎開先の村の小さな神社でお祭りがあって、お芝居をやっていたんです。森の石松の立ち回りを見て、「チャンバラってかっこいいな〜」って。家に帰ったら寝間着の着物の裾をキュッと固めて、腰に物差しを差して、刀を振り下ろすように、見栄を切っていましたね。西部劇やミュージカルを観ているうちに、そんなことはすっかり忘れていましたけどね。中学時代はグレて喧嘩ばかり。高校では兄貴に誘われて、音楽部に入りました。それで『のど自慢』に出たら、鐘三つが鳴ったんですよ。卒業して東京に出て、東映ニューフェイスに合格。俳優座で6ヵ月勉強した後に、「君たち、京都に行くか、大泉スタジオに残るか自分で決めなさい」と言われてね。人生の表か裏か、天国か地獄か、迷いましたね。その時に、小さい頃に観た森の石松が頭をよぎったんです。それで京都へ。まあ、経済的な理由の方が大きかったけどね(笑)。京都には独身寮があって、朝晩の飯も出る。「ニューフェイスに受かった」とお袋に電話したら、「えー 困った、困った」。「映画界に入ったら、いいものを着なきゃいけない。でもお金がないから、仕送りはできないわよ」って。その頃、東京のおじさんが築地の魚河岸で店を営んでいてね。僕は商業高校出身なので、そろばん2級と簿記の免許を持っていて、そこで経理をしていました。でも歌い手になりたくて、歌の勉強もしていたんです。ニューフェイスに受かったのには理由があってね。おじさんが魚河岸でもう一軒、お店を出すと言って、億単位のお金を日本生命から借りる話があったんです。それで日本生命の重役ご夫妻を隅田川の火大会に招待することになった。船を用意してね。そしたら大学3年生のお嬢さんと友達が来たんです。「すみません、今日父は先約があって代わりに来ました」と。その2人を乗せて隅田川で火を見ていたら、船頭さんが「君は歌い手になりたいんだって?」って。おじさんの前だから具合が悪いと思って「それは夢の中の夢ですよ」と言ったら、お嬢さんが「私ね、コロムビアレコードに知っている先生がいるから紹介してあげるよ」って。( 続く

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里見浩太朗
さとみ・こうたろう/1936年生まれ。俳優。『水戸黄門』など、多数の時代劇に出演。

第1回第2回第3回第4回

photo/
SHINGO WAKAGI
text/
KUNICHI NOMURA
edit/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS878号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は878号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.878
LONDON 服の学び場。STYLEBOOK 2018-19 A/W(2018.09.15発行)

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