【ギリギリではある。しかし、つながっている】甲州街道に現れた本場のウイグル料理。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 877(2018.09.01発行)
わかる?楽しい!カッコいい!!「刀剣」
踊り手の夢は日常的に着られる民族服を作ること。
1955年設立。正式名称は新疆ウイグル自治区で首府はウルムチ。様々な民族が暮らす。

世界最古の麺に舌鼓。料理を楽しめ、ウイグルに興味を持て。

 新宿に稽古場がある。なのでよく甲州街道を通って新宿に行く。その途中、初台の辺りでいつも気になる派手な赤色の、主張の激しい看板があった。「シルクロード・タリム 本場のウイグル料理」とある。気になっていた。社長に報告すると、「あ、タリムは日本に3軒あるウイグル料理屋の一軒です」と、涼しい顔で実食済みである。悔しい。いつも社長は実食済みなのである。「新疆ウイグル自治区は、以前は東トルキスタンという国で、現在はなにかと物騒な理由があって中国の一部ですが、位置的にはシルクロードのど真ん中、イメージとしては実際そうですけどドラマ『西遊記』のロケ地といった感じ、ゆえに、中東的な料理と中華的な料理がクロスオーバー的に楽しめるし、さらにここでは世界最古の麺が食べられますよ」と社長は言う。
 なにそのロマン。ずいぶん逆上させてくれるじゃないか。世界最古の麺と聞いて、麺好きが高じ製麺機まで買って中華麺を作っていた(そして一気に3キロ太った)私にしてみれば、好奇心が抑えられるわけもない。即決で「行くしかないですね」となった。
 当日夕刻。水パイプや中東系の小物が怪しく配置され、チープとゴージャスが入り混じった店内で、社長、ママ、担当Kと合流。店長は、草刈正雄と井上順を足して二で割って一発殴られたような、どこかヘラヘラした感じと哀愁が同居する2枚目。厨房には、東洋系かな? という容貌のおっさんと、どちらの出身か判然としない褐色の肌色の青年という、二人のコック。なんというか、エキゾチックの概念を煎じ詰めた、としか言いようがないムードがある。
「はあ・・・」、注文を待つ間、ママがため息する。ママは、四谷のスナックのほかに神戸にもスナックを持っており、そこが、まあまあヤクザな人たちの地上げにあってしまい、実は彼女、ここのところずっとその問題と戦っていたのだが、ついに、このクソ暑い最中神戸の路上(!)でスナックを営業して来た直後だという。いったいどこまでやけくそな気持ちになればそんなことになるのかはわからないが、とにかくあたしはその町が好きなのだと鼻息が荒い。
「あのスナックは男が最後にたどり着く場所ですよ。松尾さんも来て」
と言うが、この方向音痴の私が、どうやれば「約束の地」のような荒野のスナックにたどり着けるのかしら。一方社長も、
「昨日まで、鹿児島のある島に伝わる隠れキリシタン由来の宗教を取材して来たところです」と。ママも社長も、いつも何か得体の知れぬ情熱の最中にいる。食う側のカオスも店内の雰囲気の映し鏡のようであり、カオスのシンクロ中、宴は始まったのだった。
 まず前菜。夏バテに効くという、ランプンという、緑豆寒天のサラダ。黒酢と山椒とニンニクが効いていて、香りにパンチがあるのに非常にヘルシーな一品。コイティリハミセイという羊の舌のサラダもある。羊の舌が脂が少なく、ほんのりと甘い。続いて二串シシカワプ。シシは串という意味らしい。ガツンと来る香りはじゃっかん腋臭を連想させるが、辺境料理はこうでなきゃ、と思う。嗅いだことのない臭いがあれば前のめりに嗅ぎに行く。旅ってのはそういうもんじゃないだろうか。こういうものをカンカというタクラマカン砂漠に生えるという別名「砂漠人参」を漬けた焼酎で流し込む。砂漠人参。新人芸人のような名前のこれがまた独特な風味である。が、悪くない。店長曰く、この人参をスライスしてお茶として飲んでいた老人が138歳まで生きたとか。顔がヘラヘラしているのでにわかには信じがたいが、ネットを見ると「ウイグル 長寿」という情報は確かにある。
 それにしてもネットを開くとウイグルと中国間のとげとげしい問題ばかり目を引く。どう客観的に見てもウイグル人はひどい目にあっていると思うが、この連載でそれをどうこう言うつもりはない。料理を楽しめ。ウイグルに興味を持て。今はそれが自分たちにできる応援だ。
 次に黒酢につけて食べる水餃子。少しだけ癖があると思ったらラム肉を使っているとのこと。なにかと衝突はあるが、食の中では中東と中華が溶けあっている。それが、うまいというのは単純にうれしい。
 そしておまちかね、最古の麺、ラグメンも厨房での手打ち。こちらは、丸い麺だ。ラム肉と野菜をトマトソースで炒めたものをかけて食べる。これがシルクロードを渡り、西へ行けばパスタになり、東に行けば博多にたどり着き、うどんになったのだ。そう思えば、このクニュクニュしたコシは、焼うどんの味わいを思い出し、一気に郷愁に包まれる。焼うどんは私の故郷、北九州が発祥で、母親がよく夜食に作ってくれたものだ。
 ギリギリではあるが、人間はどこかでつながっている。東京に出るとき、地元との人間関係をほとんど絶ち、人見知りのくせに寂しがり屋というやっかいな性格の私だが、そう思うと、ふーっと心のどこかの緊張がほどけて心地よいのである。

ピントザハミセイ 緑豆春雨とニンジンのサラダ。レストランでも家庭でも作られるウイグルの代表的な前菜。黒酢の酸味と、山椒油やラー油の香りが食欲をそそる。中480円、大880円。

トホコルミス(大皿鶏) 鶏肉、ジャガイモ、ピーマンなどをスパイシーに炒めたウイグルで最も辛いメニュー。手打ちきし麺を投入するのが絶対おすすめ。中800円、大1,580円。きし麺300円。

シシカワプ クミンや唐辛子などのスパイスでマリネした羊の串焼き。遊牧民の頃から食べていたラムを日本に広めたいと始めたこのお店。その心意気が伝わってくる旨さ。1本280円。

ランプン ウイグルから取り寄せた緑豆粉で作った寒天のサラダ。ヘルシーでウイグルでは女性に大人気。ニンニク、花山椒が効いたタレはそれだけでも酒の肴に。中980円、大1,580円。

コイティリハミセイ 驚くほど軟らかく下処理された羊の舌とキュウリを合わせたサラダ。舌と聞いて驚かずに、羊の風味を楽しんで! アーバンのママは羊の部位では舌が大好物。中800円、大1,380円。

タリムラグメン 注文してから打たれる麺はその作り方がカウンターから覗けて、見ているだけでもよだれが出る。ラムと野菜をトマトベースで炒めたタリム特上あんかけと一緒に。中980円、大1,280円

ポロ 料理の王様といわれ大きなお祝いでは必ず作られるピラフ。雨が少ないウイグルではお米がとても貴重で、米料理はこの1種類のみ。ヨーグルトと合わせて。中750円、大1,200円。

トゥギレ 具材にラム肉を使った手作り水餃子。モチモチの皮は食べ応えたっぷり。現地では揚げ餃子も食べられることが多く、メニューにある焼き餃子は日本向けに考えられた。5個420円。

シルクロード・タリム 【MEMO】 オーナーのスラジディン・ケリムさんが留学生として来日したのは2001年のこと。学生時代から日本とウイグルの文化交流に関わり続け、母国のことを美術やダンス、そして食文化など、楽しんでもらうことから伝えていきたいと、2010年5月シルクロード・タリムを開店した。タリムとはウイグルに流れる世界で有数の長い川の名前。本場の味に酔いしれながら、ぜひケリムさんが語るウイグルのお話に耳を傾けてほしい。

SUZUKI MATSUO
1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。最新刊『もう「はい」としか言えない』
(文藝春秋)。近著に『ニンゲン御破算』(白水社)、『東京の夫婦』(小社刊)。メルマガ「松尾スズキの、のっぴきならない日常」配信中。http://www.mag2.com/m/0001333630.html

photo/
Shinichi Yokoyama
text/
松尾スズキ, アーバンのママ
illustration/
松尾スズキ
special thanks/
Coordinated by 坂本雅司

本記事は雑誌BRUTUS877号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は877号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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