書籍・読書

松尾スズキ『クワイエットルームにようこそ』の佐倉明日香

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 877(2018.09.01発行)
わかる?楽しい!カッコいい!!「刀剣」

主治医:星野概念

名前:松尾スズキ『クワイエットルームにようこそ』の佐倉明日香

病状:「あーあー。ゲロでうがいしちゃってるよ」客席の一番前の席の男が、足をだらしなく投げ出して、見たまんまを垂れ流す。

備考:恋人と大喧嘩の果てオーバードーズで精神科病院の閉鎖病棟に運び込まれる主人公。その再生までを描く、深刻かつコミカルな作品。芥川賞候補作。文春文庫/448円。

診断結果:誰にだって、ある日突然、閉鎖病棟に収容される可能性が⁉

 28歳バツイチでフリーライターの明日香。冒頭、人前で全裸で自分の吐物でうがいをする壮絶な描写で始まります。でもこれは明日香の内的な体験で、客観的には違います。明日香は彼氏と喧嘩後、向精神薬と酒を過量摂取して精神科病院に入院したのでした。その病室で意識が朦朧とし、身体拘束と点滴など管だらけになりながら、奇妙な内的体験をしつつ嘔吐していたのです。明日香は元夫の自殺や父の死などを受け止めきれず、無意識的おバカな彼氏にそのストレスをぶつける流れで過量服薬しました。つまり一時的な不安定。そんなこと誰にでもありそうですが、不安定さを過量服薬などの形で行動化すると、客観的に危険という判断で精神科に強制入院まで至ってしまいます。同様のケースは現実にも多く、確かに危険な間は仕方ないです。物語にもある、入院中の過度な生活制限や不自由な規則も、日本の精神医療では現実に近いのです。作中、このようなリアリティある症状や医療処置の描写に、読んでいて驚きました。摂食障害の人の行動パターンや、数年前までどこの精神科病棟にもあった喫煙室での患者たちの交流の様子なども、潜入取材したのかと思うほど臨場感があります。読みながら、ユーモアある描写に笑いつつ、改めて、患者さんに寄り添う医療を常に意識すべきと、精神医療者としてふんどしを締め直す、思いもよらない読書でした。

ほしの・がいねん/精神科医。音楽活動もさまざまに行う。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が発売中。

edit/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS877号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は877号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.877
わかる?楽しい!カッコいい!!「刀剣」(2018.09.01発行)

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