映画

芝居を通じて、コミュニケーションが生まれているかどうか、それを見ている。

BRUTUSCOPE

No. 877(2018.09.01発行)
わかる?楽しい!カッコいい!!「刀剣」
唐田えりか(左)、濱口竜介(右)
柴崎友香の恋愛小説を映画化した『寝ても覚めても』公開。濱口竜介監督と唐田えりかが辿る濱口竜介の“演出論”。
本年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された『寝ても覚めても』は、東京藝術大学大学院映像研究科を経て、前作『ハッピーアワー』で各国国際映画祭の主要賞を受賞した濱口竜介監督による新作。“濱口メソッド”とでもいうべき独自の演出法によって、決して説明的でない、それでいて雄弁で力強い演技を役者たちから引き出している。2人の男性の間で揺れ動くヒロインに扮し、この作品で本格的な演技デビューを飾った唐田えりかと濱口監督が、あらためて本作を生んだ、さまざまな演出術について振り返る。

  濱口監督の特色の一つは、クランクインの前に俳優たちと行うワークショップです。風変わりなレッスンを行ったと聞きましたが。
唐田えりか はい。例えば、役ではなく人物AとBに分かれて会話をしたり、役になってインタビューし合ったりということをしました。「あなたにとって愛とは何ですか?」というようなことを聞き合ったりして。
濱口竜介 シナリオを補足するサブテキストを読んでもらって、そのうえでインタビューしてもらうんです。でもやっていただいてる方には申し訳ないけど、実は「これって効果あるのかな?」と思いながらやってるんですよね(笑)。
唐田 そうなんですか?(笑)
濱口 大事なのは、役者さん同士が一緒に時間を重ねること。キャスティングさえ間違っていなければ、それで信頼関係ができていくと思うんです。現場は役者さんだけで支え合っていかないといけないので、演技の時に互いを信頼し合える関係は、とても大事なことだと思います。
  インの前だけでなく、現場でも本番前に行ったという“本読み”は、濱口監督ならではのメソッドです。感情など微妙なニュアンスを一切入れずに何度も台本を読むという。
唐田 「相手のおなかの中に鈴が垂れてると思ってください。それを揺らすように」と言われて、その通りに台本を読むんです。何が正解なのか、よくわからないまま(笑)。でも相手のことをちゃんと思って言えたな、相手にちゃんと届けられたなという実感があった時に、監督からオッケーが出て。
濱口 本読みは自分が開発したやり方ではなくて、僕も手探りでやってるんですけど、本読みをしていくと、だんだん声がよくなってくるんです。声に厚みが出て、空間が声で満たされていくっていうんですかね。そういうふうに聞こえてくると、今日は何かいいことが起きそうだなと思って、現場に入れる。実際に早いテイクでいいものが出てくるんです。
  へえー。「いい芝居が生まれそう」ではなくて、「いいことが起きそう」っていう感覚なんですね。
濱口 芝居という言葉には抵抗があって、僕はあまり使わないんですよ。もちろん芝居をしてもらうんですけど、あくまで芝居を通じて出てくるものを見ているというか、芝居はやっぱりコミュニケーションなんですよね。そのコミュニケーションが当人同士に生まれているかどうかを、どちらかというと見ている。そのための基盤作りをしているっていうんですかね、本読みは。
  現場で印象的だったのはどんなことですか?
唐田 現場では監督から「一に相手、二にセリフ、三四がなくて、五に自分」と言われたので、相手をちゃんと見て、セリフをちゃんと聞いて、自然に出てくるものを大事にしたいと思っていました。だから私自身はびっくりするくらい無だったんですよね。ああしよう、こうしようという考えがまったくなかったです。
濱口 現場で何に頼るかという時に、「一に相手、二にセリフ」と言ったんですけど、自分を頼りにしてはいけないということではなくて、意識を自分に向けるより相手に向けた方が、かえって自分が出てきやすくなるのではないかということなんです。
  自分より相手に意識を向けるとなると、いかに役を演じるかという感覚とは少し変わってきそうですね。
唐田 そうですね。台本を全部読んでいて、展開も全部知っているのに、やりながら先が見えないような感覚がありました。感情が先行して、勝手に動いていたみたいな感じで。「ヨーイ、スタート!」の声をかける時、監督はすごく大きな声で言うんです(笑)。最初はびっくりしましたけど、その「スタート」で別世界に入れるような感覚もありました。
  今どきの監督で「スタート」の声が大きいって珍しいですよね。
濱口 遡ると大学院にいた10年くらい前からそうしてるんですけど、その頃いい加減なスタッフたちがいて、彼らから役者たちの世界を守りたいっていう気持ちが始まりだったんですよね(笑)。イメージとしてはフィクションの膜を作るというか、役者たちの周りに結界を作る感じで。
  結界を作るというのは、つまり芝居場はある種の聖域だっていう。
濱口 聖域とは違うんですが、非常に壊れやすいものであるということですね。触る時には十分に気をつけてほしい。演技にとってスタッフは異物でしかない。それを説明していられないから、「スタート」の声で現場に結界を作るんです。
唐田 確かに結界みたいなものはあった気がします。「スタート」の声で、その空間には私たちしかいないというような感覚になって。あと毎日現場で、「昨日の唐田さんはよかったです」って、監督は欠かさず言ってくださったんです。その言葉も本当に私には支えになりました。

『寝ても覚めても』

監督:濱口竜介/出演:東出昌大、唐田えりか/鮮烈な恋をした麦(東出)が失踪し、失意に沈む朝子(唐田)。ところが彼女の前に、ある日、麦と瓜二つの亮平(東出)が現れ  。揺れる愛の行方を、力強い演技で映し出した傑作。テアトル新宿ほか全国公開中。©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

photo/
Kaori Ouchi
text/
Yusuke Monma

本記事は雑誌BRUTUS877号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は877号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.877
わかる?楽しい!カッコいい!!「刀剣」(2018.09.01発行)

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