品川区か大田区か。大森貝塚を訪ねて。【大森】

細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」

No. 876(2018.08.16発行)
GOOD GROOMING GUIDE
大田区山王1丁目、NTTデータ大森山王ビル横の小道を線路側に入り、階段を下りたところにひっそりと佇む「大森貝墟碑」。
大田区の記念碑から300mほどしか離れていない品川区の〈大森貝塚遺跡庭園〉にやってきた2人。大森貝塚の発掘場所は「品川区大井」だったが、モースたちが大森駅で降りて発掘に向かったため、駅名をとって「大森貝塚」となった。
庭園内には縄文時代の地層をイメージした回廊が建てられている。
大森貝塚の発見者、アメリカ人動物学者エドワード・シルヴェスター・モースの彫像。
庭園内にある貝層の剥離標本(復元)。
サファリハットをかぶって「探検家スタイル」でキメてきた中沢さんといつも通りの細野さん。
大田区の貝塚記念碑の池上通りを挟んで向かいにある〈大森山王日枝神社〉へお参り。大森山王日枝神社は山王権現を祀る山王信仰の神社で、大森駅周辺の大田区山王の由来になっている。
ありがたいお言葉の書かれた御札をいただく。
社殿の左、境内奥に末社の稲荷社が2社。左に栄利稲荷神社、右手には山王稲荷神社が鎮座する。
山王稲荷の脇には2つの三猿付き青面金剛像が。
傍らには可愛らしい「おたぬき様」も。
社殿は空襲により焼失したが、1960(昭和35)年に氏子一同の努力により再建されたもの。
細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」
音楽家と人類学者の時空を超えたぶらり旅。今回は1877(明治10)年にモース博士によって発見された「大森貝塚」で知られる大森を歩く。日本の考古学の礎が築かれるきっかけとなった伝説の地を訪ね、遥か遠い縄文の時代へと時空を遡る。
日本の考古学が生まれた地「大森貝塚」を歩く。
品川区か大田区か。大森貝塚を訪ねて。岡本太郎が訪ね歩いた今はなき「原始日本」。
中沢新一 今回は大森編。大森といえば大森貝塚、ということで、〈大森貝塚遺跡庭園〉にやってきました。
細野晴臣 ここが有名な大森貝塚なんだ。初めて来たよ。で、貝塚自体はどこにあるの? あ、これが貝層の標本展示……地味だね(笑)。
中沢 ですね(笑)。だけど、1877(明治10)年に行われたモース博士の発掘は日本初の学術的発掘で、つまりここは「日本考古学発祥の地」。重要な場所なんです。当時、来日したばかりのモースは、開通して間もない新橋ー横浜間の鉄道に乗って新橋に向かう途中で、大森駅を通過した際、削られた土手に貝殻が堆積しているのを発見しました。ところが、彼が最初に掘った場所を明確に記録していなかったので、後に論争になり、品川区と大田区がそれぞれ別に記念碑を建てている。
細野 ゴミ捨て場の本家争いだ(笑)。
中沢 はい。とにかくこのあたり一帯は武蔵野台地の東端にあたり、湧水が豊富だったこともあって縄文時代から人が住んでいました。そもそもこの「縄文」という言葉自体、ここで発掘された土器に縄目が付いていたことから、モースが「Cord Marked Pottery」と名づけたことに由来しています。それが戦後の岡本太郎による「縄文美術の発見」にまでつながっていくわけで。
細野 なるほどね。中沢くんは若い頃から岡本太郎に興味あったの?
中沢 面白い人だなあとは思ってましたよ。太郎は縄文の発見以後、「原始日本」を探して東北に行き、イタコやオシラサマの取材をしてますよね。実は僕も70年代の学生の頃、よく東北を旅したんです。民俗学者の宮本常一の本を読んで、青森に行ってね。オシラサマの祭りに行くとイタコの人がいっぱいいて、酒が入ると、腰巻き一つの半裸のおばあちゃんたちが踊りだす。すごい光景だったなあ。とにかく当時の田舎には、現代では想像できないような「村の生活」がありました。
細野 そういう近代以前の日本がまだ残ってたんだな。僕はその頃はアメリカの方ばかり向いていた。ロックミュージシャンらしく髪を伸ばしてね。当時はそんな姿で六本木を歩いていると、与太者が恐る恐るからかいに来たり。どこに行っても怖がられたよ。
中沢 僕も若い頃、ネパールを旅してた時は長髪だったんです。インドで女性に間違われたりしたくらい。
細野 そうなの? だけど僕らが知り合った頃には2人とも短くなってたよね。僕はテクノカットで。
中沢 80年代に入る頃に日本の社会が変わったんでしょうね。それ以前には、太郎の言う「原始日本」もまだ見つけることができた。はっぴいえんどがデビューした1970年は大阪万博が開かれた年ですが、そのテーマ展示プロデューサーを務めたのも岡本太郎細野さんたちはそうした戦中世代を打ち破るように出てきたわけで。どんどん変わっていく街の風景への視線を、はっぴいえんどは表現していたんですよね。

HARUOMI HOSONO
1947年東京都生まれ。音楽家。69年にエイプリル・フールでデビュー後、はっぴいえんど、ソロ、ティン・パン・アレー、YMOなどで活動。2017年、2枚組アルバム『Vu Jà Dé (ヴジャデ)』発表。

SHINICHI NAKAZAWA
1950年山梨県生まれ。人類学者。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治大学野生の科学研究所所長。『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)ほか著書多数。近著に『アースダイバー 東京の聖地』(講談社)。

photo/
Masaru Tatsuki
text/
Kosuke Ide
edit/
Naoko Yoshida

本記事は雑誌BRUTUS876号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は876号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.876
GOOD GROOMING GUIDE(2018.08.16発行)

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