【蜜とは? そして、イカに飯とは?】渋谷で巡る辺境料理、ポルトガルからペルーへ。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 875(2018.08.01発行)
みんなで集まる場所のつくり方。居住空間学 再生編
ピタパンに挟んで食べるのはマヌエルオリジナル。
差約6時間、首都間の距離は約9000㎞、実際の移動時間は直行便で15時間ほど。

幕間の白ワインとビール、少しの罪悪感とともに…。

渋谷がいい。渋谷以外では食いたくない!」
 私がごねるので今回は渋谷で2軒、世界一周メシである。渋谷の文化村シアターコクーンで、かつて故中村勘三郎さん(当時勘九郎さん)に書き下ろした芝居の再演を一か月近くやっており、それが3時間を超える芝居で、いきなり「江古田にいきましょう」などと言われても身動きがとれないのだ。
渋谷にも辺境料理はあります。どれほどでもあります」
 社長はいつだって頼もしい。ということで、今回はまず文化村の裏手の松濤にあるポルトガル料理屋「マヌエル・コジーニャ・ポルトゲーザ」でランチ。それが新人俳優の芸名だったら「やめとけ、売れない」と言いたいほどややこしい店名だが、店内は女子会っぽい松濤マダムたちでほぼ満席だった。
ポルトガルは、16世紀ごろはかなりの先進国であり、海上貿易で栄えた国なので、いろんな国に食や音楽などで影響を与えてます」と社長は言う。ハワイのウクレレも、元はポルトガルの小さなギターだったのだとか。そういえば、日本人が初めて出会った西洋人もポルトガル人だったと聞く。ポルトガル語を話せる中国人を介して、漢文が書ける日本人が、砂の上に漢字を書きながら最初のコミュニケーションをとったのだとか。なんというか歴史のロマンというものを感じざるをえない。ちなみに私が初めて出会ったアメリカ人は、雑誌の対談の企画でティム・バートン。立場の遠さと格差の激しさに手が震えました。
 公演前の昼だったので1800円のランチを注文。まずは、サラダ。ターメリック風味でクスクスがふりかけてある。ただのヨーロッパ料理ではやはりないなと思う。ついで4種の前菜。この中では塩鱈のコロッケがダントツうまかった。もう、本番前であったが白ワインを頼まざるをえない。うん。合うー。本番前の飲酒の罪悪感もいい肴だ。タコのマリネやワカサギの南蛮漬けもあり、それにも合う。そういえば、南蛮人というのはポルトガル人のことを指す。かつて日本では東南アジアを南蛮と呼んでおり、それらの国を経由して日本に来ていたからそう呼ばれていたとのこと。そこからチキン南蛮やカモ南蛮は、なぜ、南蛮なのか? というディープな議論が始まったが、なかなかややこしいので割愛させていただく。ランチの中で私が最も気にいったのは、コジード・ポルトゲーザ。モチモチのピタパンに塩でまろやかに味付けしたトリッパをサンドしたもので、これだけ食いに来たいと思えるほど、絶品だった。全体にほんのり異国感がありつつも、エチオピアの雑巾飯インジェラの後では、ポルトガル料理は実に洗練された、やはり、南蛮といえヨーロッパの味なんだなあという感慨。これで1800円はお安い、と、皆納得した。
 2軒目は、公演後の夜。セルリアンタワーの裏手にあるペルー料理の「ミラフローレス」。ペルーもまた遠い国であり、遠ければ遠いほど世界一周メシのテンションは上がるものだ。しかも「マヌエル」は日本人店員だったが、この店はほぼほぼペルー人。当然旅感覚もグンと上がる。
ペルーは海に面しているから海鮮を使った料理が多いけど、牛豚鳥も全部食べます。トウモロコシ料理も多いし、ジャガイモは原産国なのでとにかく食う。かつてスペインに占領されていたり、中国日本の移民も
多く、多種多様な料理が食べられます」と社長。
 最初に出て来たのはセビーチェ。メキシコにもある料理で、イカとトウモロコシのサラダだ。酸味があって唐辛子とニンニク、パクチーも入っており、タイのヤムウンセンぽさもある。実にうまい。ヘトヘトだった私のテンションを一気に上げたのは、牛のハツの串焼き。見た目、そして、唐辛子のペーストに漬け込んだ肉から水蒸気とともに立ちのぼってくる香りのワイルドさよ。続いて、チチャロン・デ・チャンチョという、厚切りの豚の素揚げ。もう、どんどんワイルドになってくる。現地ではモルモットを揚げたりするという。それはもうちょっと元気な時でないと食えないな、と思う。他にはイカにご飯を詰め込んだ料理もあった。イカメシ的発想が、これほど遠い国にもあるのだ。人間には筒的なものがあれば飯をつめたいという欲望があるのか? イカだって、おのれの身体に飯を詰め込もうと思う人間がこんなにいる? と、恐れおののいているに違いない。筒状の身体の宿命だ、と、あきらめてもらいたい。これらの料理が、ペルーのビールに実に合うし、芝居の後で喉が渇いているのでごくごく飲んでしまう。そういえば、勘三郎さんもビールをすごくうまそうに飲む人だったなあ、なんてことも思いだす。勘三郎さん、もうしわけない。再演なんですが、前回よりめちゃくちゃうけてます。そして、受けた後の酒、めちゃくちゃうまいです。ああ、ごめんなさい。
 今回はうっすらとした罪悪感に浸されながらの一周メシでありました。

マヌエル・コジーニャ・ポルトゲーザ 渋谷店

memo
マカオのポルトガルレストラン〈O Manuel〉がルーツのマヌエル。渋谷店はその1店舗目として2001年に開店した。トリッパ、豚肉、豚耳、チョリソなど様々な肉の煮込み的伝統料理コジード・ポルトゲーザや、保存食でもあるバカリャウ(塩漬けの干し鱈)を使ったコロッケなど、ポルトガルを代表する料理が満喫できる。伊達巻きの元祖ともいわれるオレンジロールケーキやライスプリンなどデザートのバリエーションも最高。

ミラフローレス

memo
1991年に来日したオーナーのパトリシアさんが故郷の味を楽しめるレストランを開こうと、子供の頃から通っていたレストランからシェフのビクトルさんを呼び2003年にこの場所で開店したミラフローレス。11年、ペルー大統領から文化勲章を授与されるなど日本ペルーの国交にも大きな影響を与えてきた。15年には渋谷スペイン坂店がオープン。丁寧に作られた家庭的なペルー料理は日本人の味覚にもよく合う。

SUZUKI MATSUO
1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。最新刊『もう「はい」としか言えない』(文藝春秋)。近著に『ニンゲン御破算』(白水社)、『東京の夫婦』(小社刊)。メルマガ「松尾スズキの、のっぴきならない日常」配信中。http://www.mag2.com/m/0001333630.html

photo/
Shinichi Yokoyama
text/
松尾スズキ, アーバンのママ
illustration/
松尾スズキ
special thanks/
Coordinated by 坂本雅司

本記事は雑誌BRUTUS875号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は875号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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みんなで集まる場所のつくり方。居住空間学 再生編(2018.08.01発行)

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