エンターテインメント

西加奈子『舞台』の葉太

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 875(2018.08.01発行)
みんなで集まる場所のつくり方。居住空間学 再生編

主治医:星野概念

名前:西加奈子『舞台』の葉太

病状:泥棒、と、日本語で叫んでも、必死でさえあれば、伝わったはずだ。(中略)だが、やはり必死、というものを、葉太は避けてきたのだった。ずっとずっと、避けてきたのだった。

備考:29歳の葉太は初の海外ニューヨークの初日で盗難に遭う。だが、恥を隠して届け出ず、は極限状態に。必死のもがきの先に彼が得たものは? 講談社文庫/550円。

診断結果:「すべき」の苦しみの果てに、「したい」があった。

 葉太は他人の視線を必要以上に気にする自意識過剰な29歳。父の死後、遺産でニューヨークを訪れた葉太の目的は、セントラルパークで小説を読むこと。ニューヨーク初心者だとか、英語がへただとか思われたくなくて、演技をするように街を歩き、セントラルパークに着いた葉太はそこで、パスポートや財布が入ったバッグを盗まれます。その時も慌てるのは格好悪いと考え、余裕のあるフリをしてその場で5時間昼寝。到着してすぐに盗難されたやつとも思われたくなくて大使館にも行かず、1週間貧乏生活をします。慣れない外国で空腹と孤独に苛まれた葉太は極限状態に近づき、次第に自意識の呪縛が解け本能的に過ごす時間を持つようになります。社会には様々な「○○すべき」という規律があります。これは「△△したい」という本能的な欲求とぶつかり、「△△したいのに○○すべき」という「葛藤」が生まれます。葉太のように「○○すべき」が強いと「葛藤」が大きく、自分を苦しめます。これは、その場の空気を読み、器用に振る舞うような人が、人知れず抱えることの多いストレスで、実は多くの人が共感できるのではないでしょうか。また、「○○すべき」という規律は主に親の教育で培われますが、葉太と父の関係もこの作品の着目点です。葉太は確かに極端ですが、何となく自分事としても読めてしまう、チクチクしつつ救われる作品でした。

エンターテインメントカテゴリの記事をもっと読む

ほしの・がいねん/精神科医。音楽活動もさまざまに行う。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が発売中。

edit/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS875号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は875号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.875
みんなで集まる場所のつくり方。居住空間学 再生編(2018.08.01発行)

関連記事