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時給30円のやつが、正社員を断ったのは初めてだって。|伊東四朗

TOKYO80s

No. 875(2018.08.01発行)
みんなで集まる場所のつくり方。居住空間学 再生編
PHOTO / SHINGO WAKAGI

伊東四朗(第三回/全四回)

 学校でバレーボール部を一緒に作った松野ってやつに文才があって、一緒に台本を作ろうとクラス内演劇部を始めました。演劇は好きでしたが、自分がやるのは学校だけで、プロになろうとは思わなかったですね。当時は一般家庭と芸能界にはすごく距離があって。テレビもなく映画と舞台だけですから。それで高校卒業する時に就職試験を受けて。みんなは受かって、私だけが残っちゃった。挫折でしたね。一社でも受かっていたら、今、定年を迎えて何をやっていたか。私は入社したら絶対に辞めませんから。それが親孝行だと思ってますからね。その時、次兄が早稲田大学に入って生協にツテがあったので、そこでアルバイトしろと、時給30円で。バイトをしながら芝居をあちこち観に行ってました。浅草新宿フランス座とかね。しょっちゅう同じ席で観てるから、舞台から目立つんでしょうね。あの若者また来てるなって。私が帰る時に楽屋の窓が突然、パッと開いて、座長の石井均さんに「お前、お前だ 寄ってけ」と声をかけられて。そしたら、入り浸りになっちゃった。いろんな話を聞いてるうちに、「今度は俺、劇団を持つんだ」って。そっちも観に行ってたら、「出てみるか?」と。大した役ではなく、公衆トイレから出てきてジッパーを上げながら口笛を吹いて去っていくだけ。次の日に観に行っても「出てくか?」。それで「お前、やってみないか、この世界で」と言われたのと、生協で「正社員にならないか?」と言われたのが同時なんですよ。正社員は願ってもない話。ところが心がぐらぐら揺れまして。結局サイコロ振りました、やってみるかって。生協を断ったら怪訝な顔をされました。時給30円のやつが正社員を断ったのは初めてだって。それでまず浅草の舞台で役がついて。昔はとてもウケた役らしいですが、私だとウケなくて叱られっぱなし。舞台の合間に浅草の本堂の境内でやっている、蟇の油売りとかを見て勉強しました。客を集めるとはこういうことかって。それで次の日もまた見に行く。そのうちそっちでも「あいつ、また来てるな」。ある時、そのおじさんが同じバスに乗っていて「坊主、毎日見てるな。いいか、余計なこと言うんじゃねえぞ。こっちは商売なんだからな」「はい、わかってます。毎日感心してるんです」と言ったら、仲良くなっちゃって。あのしゃべりのプロには、随分、教わりましたよ。(続く)

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伊東四朗
いとう・しろう/1937年生まれ。喜劇役者、たいとう観光大使。大間町応援団長。

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photo/
SHINGO WAKAGI
text/
KUNICHI NOMURA
edit/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS875号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は875号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.875
みんなで集まる場所のつくり方。居住空間学 再生編(2018.08.01発行)

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