エンターテインメント

島本理生『ファーストラブ』の聖山環菜

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 874(2018.07.17発行)
LIFE IS PARK!

主治医:星野概念

名前:島本理生『ファーストラヴ』の聖山環菜

病状:「動機はなんだって訊かれたときに、動機は自分でも分からないから見つけてほしいくらいですって。そういうふうには言いました」

備考:父親を刺殺した女子大生・環菜。臨床心理士の由紀は、事件についての執筆依頼から本人や周辺人物との面会を重ね、「家族」を紐解いていく。文藝春秋/1,600円。

診断結果:小さなストレスの積み重ねが、強いショックとなる時。

 22歳の環菜は、アナウンサーの就職試験があった夏の夕方、父の職場を訪れ、父を刺殺します。臨床心理士の由紀はこの事件に関する執筆のため、拘置所で環菜と面接を重ねます。裁判の国選弁護人は、由紀の夫の血の繋がらない弟で、由紀の大学の同期である迦葉。迦葉と由紀学生時代、距離が近づいた時期を経て、あるきっかけから疎遠になりましたが、この事件から再び連絡を取り合います。読み進めるうちに僕は、環菜の殺害動機が、強いストレスから自分を無意識的に回避させるため、一時的に本来の自分と違う状態になる「解離」のためと考えました。例えば父から虐待された過去があり、フラッシュバックからの「解離」にたびたび苦しんだ経緯があれば、事件の時も同様だった可能性もあると思ったのです。しかし、環菜の精神鑑定の結果は問題なし。とても精巧に編まれたこの作品の結末には驚きと安堵を覚えましたが、詳細は書き切れません。読後に感じたのは、虐待の形には、虐待者も本人も認識しないままジワジワと絡まって逃れられなくなるような形もあるということで、環菜も由紀も迦葉もそれを抱えていました。比較的普通の日常を送りながら、ドロドロとした業に悩まされる辛さは表現すら難しく、本人は深い孤独から逃れられません。そういった人物たちが試行錯誤しながらも少しずつ救われるこの作品。稀有な読書体験でした。

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ほしの・がいねん/精神科医。星野概念実験室等で音楽活動も。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』発売。

edit/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS874号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は874号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.874
LIFE IS PARK!(2018.07.17発行)

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