東京

【おっさんに餌づけされ、ラブホ街を彷徨って】赤坂のエチオピアと円山町のジャマイカ。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 873(2018.07.02発行)
福岡の正解
インジェラをいきなり手づかみで食べさせられ戸惑いが隠せない。
時差8時間、首都間の距離は約1万3000㎞、実際の移動時間は直行便で20時間ほど。

未知の発酵食品インジェラに唸り、ジャークの香りに燻される。

 赤坂で道に迷い、また担当Kに迎えに来てもらった。
 超絶方向音痴の私にとって、初めての店に一人で行くこと、それがそもそも旅である。
 赤坂オフィス街エチオピア料理の店「サファリ」はあった。最初に踏み込んだ印象は一言、あやしい、である。まあ、たいがいのエスニック料理の店は多かれ少なかれあやしいのだが、特に「サファリ」には、なんともいえないやさぐれ感があった。それには、ラスタ帽を被ったいかりや長介をハンサムにした風の店長と野球帽を被ったおっさん店員、二人のエチオピア人の、日本人に対して緊張感というものが一切ない、「なあなあなノリ」が大きく関わっていると思われる。それが店にいるうち不思議なここちよさにも変わって来るのが、この赤坂の激戦区で10年もこのあやしい店が続いている秘訣なのかもしれない。
エチオピア料理といえばインジェラです」
 と、社長は言う。インジェラは、テフという穀物を粉末にし、水でこねて発酵させたものをクレープ状に延ばしたもので、それにワットと呼ばれるさまざまなおかずを付けたり巻いたりして食べる。が、正直「これがインジェラだ」と店長が持ってきたものを見て、絶句した。15センチくらいの長さのものをグルグル巻いてそれが皿の上に10個ほど乱雑に置かれているのだが、それが、どう見ても絞った雑巾にしか見えないのだ。
「これを食うのか?」
 私は皆に気づかれないよう一人で戦慄していた。
「ちょっとニオってみてください」社長が言う。
 一枚拡げてうっすら感じるのは「ニオイ」と言うより「オイニー」だ。しかし、悪いというわけではない。どこかに郷愁がある。気がつくと自分の足の爪の臭いに夢中になることがある。そんな中毒性を感じる。
 次におかずであるワットが出て来た。これにはテンションが上がった。
 直径50センチはある赤い皿にドロワットと呼ばれる鳥の煮込みの上にゆで卵の輪切りを散らしたもの、塩味の豆のペースト、優しい味の野菜料理、そういったものが、とても華やかに盛り付けられており、今まで行った店の中で最もインスタ映えがする料理だ。
 しかし、次の瞬間また私は戦慄するのだった。
インジェラはこうやって食べるんだよ」
 そう店長が言って、いきなりインジェラでドロワットを包み、私の口に押し込んできたのだ。んぐぐぐぐぐ。私の中の衛生観念と友好精神が戦う中、次々とインジェラを口に放り込まれる社長とママとK。こうして食べさせ、食べさせられることによってエチオピア人は仲良くなるのだそうだ。ワットは、発酵したインジェラに包まれることで複雑で深い味わいとなり、そこに見知らぬ外国人に手づかみで物を食わされるという、なぜか、子供の頃、町の不良に原っぱに連れ出されジャイアント馬場の物まねを延々聞かされた記憶が呼び起こされるような、郷愁と暴力の入り混じった不思議な体験がスパイスとして加味され、えもいえぬ異国感がその場に立ちのぼるのである。
 その後、若いOLの集団が入って来て、当然のごとくその店長経由のインジェラ直食いをさせられていてキャアキャア盛り上がっていたのだが、どう考えても店長のテンションが我々の時より数段上がっており、私たちはただ、うっすらとした笑みでもってその光景を眺めるのだった。
 ジャマイカ人はエチオピア人をリスペクトしているという。エチオピアアフリカで一度も西洋人に植民地化されたことがないからだそうだ。ジャマイカのラスタファリアニズムはそのことに深く関係していて、それについて社長から講義されたのだが、何度聞いても頭に入って来ないので、代わりに渋谷道玄坂、ラブホテル街のど真ん中にあるジャマイカ料理屋「グッドウッドテラス」でジャマイカ料理を食してみた。ジャマイカ料理はとにかくジャークなのだ。ジャークとは、チキンやポークをスパイスに漬け込んで焼くというシンプルな料理で、シナモンの香りが心地よく、チキンもポークも柔らかくてうまい。一口食べて頭に浮かんだのは、「これ、おせちに入ってたら嬉しいやつ!」。実際、日本人に人気で、今は笑笑のメニューにもあるそうだ。ビールにすごく合う。ほかに、レッドビーンズが入った混ぜご飯もあり、それが赤飯ぽくもあって、妙に「お祝い」ムードを醸すので、これからラブホテルに向かうカップルには景気づけにぜひ食べてもらいたい一品だし、ジャマイカの風を感じて間髪入れずセックスをする、それもまた旅だといえば、いえなくもないのではなかろうか。

インジェラと4種類のワット エチオピアの主食「インジェラ」が食べられる貴重なコース。チキン、豆、ビーフ、野菜の4種類のワット(煮込み料理)と一緒に。4日前までの予約が必要。1人3,500円。

インジェラ 粉末にした「テフ」を水に溶き発酵させてからクレープ状に焼いたもの。インジェラの目と呼ばれる細かい穴が表面にできるのが特徴で、発酵効果で風味・においともに酸っぱい。

サファリ 【MEMO】 オーナーシェフのワンダサンさんはエチオピアの首都・アディスアベバ出身。上海の大学に留学後は韓国で英語教師として働いていたが、1997年、20代半ばで来日し、新宿で長く続いたアフリカ料理の老舗〈ローズ・ド・サハラ〉に就職した。料理は幼い頃から母親に仕込まれて得意だったという。2007年、新宿のお店が閉店すると、翌年には赤坂に念願だった自分のお店をオープン。今年で10周年を迎えた。

アイタルシチュー ラスタファリアンたちを代表する動物性食品不使用のベジタリアンフード。豆・野菜・イモ類などをココナッツで煮込んだ優しい味わいで、疲れた胃に染み渡る。780円。

ライス&ピース ジャマイカの主食の一つ。米を豆と一緒にココナッツやハーブと炊き上げたもので、ほんのり甘いエスニック赤飯といった感じ。ジャマイカンフードとの相性は抜群。200円。

フェスティバル 甘くないサーターアンダギーのような揚げパン。一般的にジャーク・チキンと一緒に食べることが多く、軽くてサクサクの食感はいくらでも食べられそうで危険! 2つで200円。

エスコビッチフィッシュ 揚げた白身魚に、ニンジン・ピーマン・タマネギなど野菜をマリネしたものをかけた、ジャマイカ式の南蛮漬け。酸味とスパイスがしっかり効いていて暑い夏にぴったり。780円。

ジャーク・ポーク ジャマイカといえば誰もが思い浮かべるジャーク。スパイスに漬け込んだ豚肉をジューシーに焼いたもので、一般的にチキンが有名だが、ポークも負けていない。880円。

グッドウッドテラス 【MEMO】 日本を代表するジャマイカンレストラン。音楽イベントへの屋台の出店やクラブでのDJイベントなどレゲエミュージックとの関わりも強い。名物のジャークチキンは、ピメントをはじめ10種類以上のスパイスとさまざまな薬味を加えたオリジナルの「ジャークシーズニング」に鶏肉を1晩漬け込んでから、ジャマイカ人のシェフが、ドラム缶から作った特製のグリルで焼き上げている。本場さながらの味わいをぜひ堪能して。

SUZUKI MATSUO
テキスト

photo/
Shinichi Yokoyama
text/
松尾スズキ, アーバンのママ
illustration/
松尾スズキ
special thanks/
Coordinated by 坂本雅司

本記事は雑誌BRUTUS873号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は873号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.873
福岡の正解(2018.07.02発行)

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