18歳で美容師を志してから、24年目になる。もうすぐ43歳の俺の頭は、今やすっかり禿げ上がった。まだ毛があった10代、最初に鏡の前に立った下北沢では若者カルチャーを学んだ。次の自由が丘ではマダムの優雅さを学び、表参道ではハイ・ファッションを学び、毛量わずかにして辿り着いた先は、神田駿河台。ここに今年春、初めて自分のサロンを持ったのだ。本、カレー、音楽、スポーツ、大学、病院、オフィスもある、駿河台で俺は、下町の歴史を学ぶのだろうか。充実した飯屋で、ひょっとしたら素敵な女性に出会えるかもしれない。シュプリームみたいに、俺の店に彼女らが並ぶ日が来るかもしれない。ならば、サロンに飾る絵は何がいいか? 俺はリラックスするけど、音楽はボブ・ディランでいいのだろうか? 雑誌は何が無難か? ポパイより女性自身の方が、話が弾むのだろうか? 飲み物はどうしよう? 念のため、冷えた白ワインも用意しておこうか? 街を行く女性たちを目で追いかけて、いろいろと妄想を広げる。でも、ランチで相席になった素敵な女性に「俺、美容師なんすよ〜」って言ったらどんな反応されるんだろうか? ハゲたこの俺を信じてもらえるだろうか? 少し怖い。俺の店〈駿河台 矢口〉。まだまだ課題が多いぜ
- text/
- 矢口憲一
- edit/
- Asuka Ochi
- illustration/
- Aiko Fukuda
本記事は雑誌BRUTUS873号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は873号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。