【美青年と混ざる世界】イスラエルとカンボジアを一晩で……。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 871(2018.06.01発行)
CAMPとHIKE 頼れる道具
プロホック・ティと焼酎の相性といったら、もう。塩味が強いので酒によく合う。
時差4時間、首都間の距離は約7000㎞、実際の移動時間は乗り継ぎありで14時間ほど。

江古田と神楽坂で味わい尽くした移動時間30分の世界旅行。

 ミャンマー料理屋のインテリおかみに前回教わった、納豆にニンニクを混ぜ唐辛子をかけて混ぜちらかす、という食べ方、それは、ニンニクの臭さと納豆の臭さが殴り合いの喧嘩をした後に仲直りしたような、独特な風味であって、それにドはまりし、もはや、ニンニクなければ納豆は食わぬ、という境地に至った松尾は、今回も日本にいながら食で世界旅行をしております。
「次は、イスラエル料理を食べましょう」と社長は言う。
 イスラエルといえば、ユダヤ教系の宗教に入っていた小学校の頃からの友達が高校のとき、キブツという共同体のようなところに1年間ほど行って帰ってきたら、もう、とてつもなくつまらない人間になっていた、という納得しがたい思い出しかなかったが、高校生の頃よく観ていた『グローイング・アップ』という女とやることしか考えてないチャラチャラした高校生たちの青春コメディ映画のシリーズがイスラエルで作られていたことを思い出せば、思うほどつまらない国ではないのだろう。
 それに前回のミャンマーとは、まったく縁がないというわけではない。ともに建国70周年の国なのだ。遠く離れていてそんな国は世界にそうそうない。そう言うと「あ、それは知りませんでした」と。そういうのを無自覚につなげてしまうところが、いかにも社長らしい。
 江古田の、吉田類と今にもすれ違いそうなクセのある飲み屋街の一角にイスラエル料理屋「シャマイム」はあった。店内に入ると中東らしいイスラエルポップスが耳に触りがいい。誰でも一度は頭の中をグルグル回って気が狂いそうになるフォークダンスの曲「マイムマイム」も実はイスラエルの音楽だ。
 中東の定番ピタパンとフムス、これがイスラエル料理の中心にあると考えていいだろう。ピタパンは、以前私がパリのレバノン料理屋で食べたものよりだいぶ分厚く、なんだか雑な感じでテーブルに置かれ、なにかこぼれたら布巾にでも使ってよというような、気さくな存在感で、それにフムスやケバブ、野菜などを挟んで食べる感覚は、サンドイッチ的であるが、その朴訥とした味わいはオニギラズに近い。ケバブは日本でもなじみがあるが、フムスは聞き慣れない人も多いと思う。中東の伝統的な料理であり、ひよこ豆とニンニクと練りごまに、レモン汁やオリーブオイルを混ぜてペースト状にしたものだ。パンにはさんでも肉や野菜にのっけても、なんにでも合う。なんというか、すべての食べ物の食感をまろやかにし、食べざわりがよくなる。中東の魔法を感じる。これにハリッサという唐辛子を蒸しニンニクを混ぜた香辛料を混ぜ込むと、単体でも「なめる系」のつまみとなり、いつまでも酒を飲んでいられる気分になる。イスラエル人と日本人のハーフでなかなか美青年な店長は、なんとイスラエルではプロ野球の選手だったそうで、それがいかにして、江古田で料理を、などと、ワイン飲み飲み聞きたいことはいろいろあったが、本日は2件取材、神楽坂カンボジア料理「バイヨン」に行かねばならぬので、早々に退散することに。
 神楽坂は、若い頃付き合っていた人が住んでいたが、あまりに貧乏だったので金を借りまくっていたらふられたという苦い思い出があり、敷居が高かったが、アンコールワットやジャングルのやたらギラギラした巨大な絵がいくつも飾られた「バイヨン」店内に入れば、そこは一気に東南アジアの猥雑な空気となる。店長は日本人で、元々カンボジア料理店だったその店を、働いていたカンボジア人のコックごと買い取ったとのこと。たけしさんがいなくったオフィス北野をたけし軍団ごと買い取るようなものだろうか? それは、あんまり買い取りたくはない。そして、実は昼間は広告代理店で仕事をしているという、なかなかよくわからないが多分いい人だ。いい人の顔してるもの。
 カンボジア料理はタイ料理に似ているが、辛くはなく塩味が強くて日本料理に近い。海苔のスープなんか永谷園が出してんのかというほど食べやすい。店の奥には10畳ほどの畳敷きの渋い個室があり、店の荷物やらテレビが置いてあって、親戚の家か? みたいな居心地の良さがある。ここに居座り、プロホックというクメール料理を代表する、魚を発酵させた調味料を使った豚肉とココナッツミルクのディップ、プロホック・ティ、これをキャベツにぬったくって食い、テレビを見ながら焼酎でだらしなく宴会がしたいと思った。敷居の高い町、神楽坂における、青春時代の情けない思い出に親戚の家感やカンボジアの空気を酔いでもって混ぜ込み、自分はどこにいるんだっけ? となる一夜もおもしろいかもしれない。ちなみに店長の娘さんは、カンボジア人のコックさんと結婚したという。店を買い取っただけでなくコックが息子になったのだ。ああ、世界は混ざりゆく。辺境料理を食べているとき、それを一番感じる。

おまかせ食べ放題メニュー シャマイムのイチオシは「食べ放題」! 手作りフムスやスパイシーサラダ、ファラフェル等の揚げ物コンボからシシカバブがのったレンズ豆のご飯まで、お代わり自由。2,222円。

シャマイム 【memo】 今年で22周年となるシャマイム。創業2年目から働く現オーナーの北岡タルさんは「丁寧に作ること、現地の味となるべく同じようにすること」を心がけている。確かにフムスやテヒナ(ゴマのペースト)は口当たりも軽く、キャベツとディル、マッシュルームとオニオンなどスパイシーサラダの組み合わせも絶妙で、ファラフェルまで食べ放題とはすごすぎ。コースには含まれないが、社長おすすめの焼きナスペーストもぜひ。

ソムロー・チーチャイ 松尾さんベストの海苔スープ。豚肉の団子とエビが入った優しい味わいでシメにぴったり。ちなみに日本人向けに作っていて、カンボジア人はあまり食べないそう。950円。

プロホック・ティ 塩漬けした小魚を発酵させたカンボジア独自の調味料プロホックを、ココナッツミルクと豚肉でディップに。キャベツなどの生野菜と一緒に食べる。850円。

アモック レモングラスで味を調えた白身魚をカレーペーストとココナッツミルクで煮込んだ、カンボジアを代表する料理の一つ。食べやすくて、万人に好かれる味。950円

ノンバンチョック タラの身を刻んだスープをそうめんにかけたボリューミーな麺料理。ココナッツミルクの入ったカレー味が濃厚で「スープパスタみたい」(松尾さん)。950円。

ラパウ・ソンクチャー カボチャの種をくりぬき中にプリン液を入れ生の状態から蒸し上げるカボチャプリン。パーティでは丸ごと一つの大サイズもオーダー可能。650円。

バイヨン 【memo】 もともとカンボジアレストランだった店をオーナーの染谷博史さんが居抜きで買い取り始めたのが2013年7月。前オーナーがカンボジアから連れてきたシェフのリャスー・マイさんとはその時からのチーム。カンボジアレストランは都内に3軒しかなく、本場さながらの味となかなか飲めないカンボジアビールが楽しめる貴重な一軒。ちなみに店名のバイヨンとはアンコール遺跡群にある有名な寺院の名称でリャスーさんが名づけた。

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SUZUKI MATSUO
1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。舞台『ニンゲン御破算』(東京公演6月7日〜7月1日、大阪公演7月5日〜15日)を作・演出・出演。メルマガ「松尾スズキの、のっぴきならない日常」配信中。http://
www.mag2.com/m/0001333630.html

photo/
Shinichi Yokoyama
text/
松尾スズキ、アーバンのママ
illustration/
松尾スズキ

本記事は雑誌BRUTUS871号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は871号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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