ライフスタイル

世界で最もハイリスクなクライマーの、穏やかで理知的な日本の旅。

BRUTUSCOPE

No. 871(2018.06.01発行)
CAMPとHIKE 頼れる道具
日本ではフリーソロではなくロープクライミングを行ったアレックス。奥多摩や瑞牆山などクラシックポイントを巡った。

命綱をつけずに登るフリーソロで知られるアレックス・オノルドが初来日し、日本の岩場を回った。

 まるで地面を踏みしめて歩くように、アレックス・オノルドは岩壁を登っていく。一つ一つの動作を確認するように、急がず、確実に。奥多摩にある数十mの岩壁は、少し目を離した隙に登り切ってしまっていた。ロープを使ってゆっくりと下りてくるアレックス・オノルド。世界で最も先端を歩むフリークライマーだ。彼の人生は、常にクライミングと共にある。初来日となった今回の旅で東京の街を歩いていても、ビルの壁の隙間に手を差し込んで、登れるかどうか試してしまうほど。登ることは根源的な喜びなのだ。
「子供の頃は、木登りもそうだけど、何かに登るっていう行為がみんな好きだったでしょ? 僕はそれから岩に登るようになったけど、今でも木登りも楽しい。それに、自然界では誰もが登っているじゃないか。僕らもチンパンジーと変わらないよ」
 登るという行為の根源性を追い求めるうちに、アレックスは"フリーソロ"という命綱なしのクライミングスタイルで巨大な岩を登るようになっていった。彼の名を世界に知らしめたのも、2008年に行われたアメリカ・ザイオン国立公園のムーンライト・バットレスというルートのフリーソロ。シューズと、滑り止めのチョークだけが唯一の道具だった。昨年には、ヨセミテ国立公園にある巨大な花崗岩エル・キャピタンのフリーライダーというルートをフリーソロで登っている。1,000mを超す断崖絶壁で、手を滑らせれば即落下して、地面に叩きつけられる状況に進んで自らの身を置く不思議。誰もが考えもしないような驚異的な登攀は、1年近く準備されたものだという。
「成功のすべては準備にかかっている。もちろん私も恐怖を感じないわけではないから。周到に準備することで、恐怖をコントロールしているんだよ。バンで寝泊まりをして、できるだけシンプルに暮らすこともクライミングにフォーカスするための一つの準備だけれど、もっと具体的に言えば、ルートをすべて記憶して、どこでどんな体の動きをするのか、頭の中に入れておくんだ」
 クライミングにフォーカスする生活を送っていても、いつでもフリーソロができるわけではない。特にメンタルをコントロールすることが、フリーソロの核心部。登攀に成功して半年後に、映画撮影という違う目的のためにもう一度同じルートを登った際には、"再現"であるために後者の方がはるかに怖かったという。できるだけ自然に合わせたライフスタイルを送ることは、メンタルコントロールのための必須条件であると同時に、クライミングがスポーツではなく"生き方"であることを感じさせる。精神的、身体的なピークをどこか一日に合わせて盛り上げるのではなく、シーズンを通じてピークとなるような暮らし方。雨が降ればバンで読書をして、目をつぶって脳内でルートの確認をして体を休める。晴れればもう一度ターゲットとなっているルートの目印となるチョークが付いているかチェックする。その確認の登攀で疲れた体を休めて、心の状態を整えてからようやくもう一度フリーソロの入口に立つことができる。そのプロセスすべてが、クライミングという生き方の一部なのだ。
 今回の日本での旅でも、温泉宿に泊まりながら日本を代表するクライマー・平山ユージの案内で岩場を巡った。日本の岩場を知ると同時に、環境や国民性を少しずつ体で理解していく。クライミングは世界を知る方法でもあって、アレックスクライマーだからこそできる方法で社会に還元しようと試みている。彼が立ち上げたオノルド基金では、太陽光発電を中心とした環境保全のための活動を行っている。
「私はいつでもクライミングができるっていうシンプルな生活を送ることができている。これ以上お金を得ることができても、お金ではこれ以上ハッピーにならないんだ。基金を通じて誰かを助けた方が、自分がハッピーになれるんだよ。環境保全のためには、厳しい環境にいる貧しい人たちを守らなければいけない。お金がないから、木を切り倒すしかない人たちがいるから。そういう現実を、クライミングのために旅をしながら知ったんだ。だから私は、人々に投資をするんだよ。太陽光発電は二酸化炭素という視点から見ても、完璧な手段だと思ってる」
 カリフォルニアで生まれ、プロクライマーとして生きる人生の幸運を自覚して、自分ができることを少しずつ行っていく。断崖を命綱なしで登る男の言葉が、地に足をつけたものとして響く。リスクと着実性。相反する要素も、アレックスを通して語られるとまったく矛盾を感じない。

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アレックス・オノルド
1985年生まれ。10歳の時、ジムでクライミングを始める。数々のフリーソロのほか、エル・キャピタン、ハーフドーム、マウント・ワトキンスというヨセミテ国立公園の3つの巨大壁を一気に登るヨセミテトリプルのフリー登攀など、数々の偉業を達成している。

text/
Toshiya Muraoka

本記事は雑誌BRUTUS871号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は871号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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