音楽はあまり印象に残らなくていい。映画と音楽の理想を考える。

BRUTUSCOPE

No. 871(2018.06.01発行)
CAMPとHIKE 頼れる道具
是枝裕和(左)、細野晴臣(右)
是枝裕和の念願が叶い、細野晴臣が音楽を担当。家族の絆を問う問題作『万引き家族』公開。
今年のカンヌ国際映画祭で絶賛された、是枝裕和監督の新作『万引き家族』。音楽を手がけるのは、『銀河鉄道の夜』や『メゾン・ド・ヒミコ』といった作品で優れた映画音楽を作り上げてきた細野晴臣だ。映像や物語と音楽が自然に溶け合う、理想的な映画が出来上がるまで。

是枝裕和 今までにも何度か、細野さんに音楽をお願いできたらと思ったことがあるんです。結局、別の方に作っていただいて、その音楽が素晴らしかったので言いにくいんですけど、『空気人形』の時、最初に思い浮かべたのは細野さんで。
細野晴臣 ああー、やりたかった(笑)。あれ、すごく好きだったんです。なぜかというと、あのロケ現場の近くに住んでたから。いつも見てる景色が映ってたんですね。あの時はいろいろロケハンしたんですか?
是枝 しました。そこだけ時間が止まってしまった、東京のエアポケットみたいな場所を探そうと思って。
細野 じゃあ同じだ。僕もそういう場所を探して、あのへんに住んだんです。
是枝 設定はだいぶ違いますけど、今回もそこだけ開発から取り残されて、人目に触れなくなっている家を舞台にしようと思っていたので、そういう意味では似ているかもしれません。貧しい家に暮らす家族の話ですが、そこに映画がとどまるのではなく、その先に寓話のようなものが立ち上がってきてほしいという思いがあって、じゃあどういう音を加えていけばそれがより鮮明になるかと思った時、細野さんの音楽の力をお借りしたいなと。
細野 最初は悶々としてましたね。音楽を作るガイドとして完成前の映像を観せていただいたら『銀河鉄道の夜』や『メゾン・ド・ヒミコ』の音楽が仮で当てられてて。音楽はこんな感じで作ってほしいって。でもそれを聴くとできなくなっちゃうんです(笑)。
是枝 いつも悩むんです。音楽をお願いする人が決まると、その人の以前の曲を聴きながら脚本を書くので、そのイメージで編集した映像に仮当てするんです。それを観たいという音楽家の方と音楽のない映像を観たいという方がいて、『歩いても 歩いても』のゴンチチさんには音楽の入った映像を観たいと言われたんですけど、観たらこのままでいいじゃないですかって(笑)。
細野 そうそう。僕もそう思った(笑)。
是枝 難しいんです。たいていはまず楽器を決めて、今回はギターが響く映画なのか、ピアノが響く映画なのかというところからイメージするんですね。
細野 困ったな。両方使っちゃった。
是枝 いいんです。今回のイメージは楽器ではなく細野さんの音だったので。
細野 最初に作り始めたのは冒頭の万引シーンです。でもリリー(・フランキー)さんを観たらつい気持ちが陽気になって、かなり弾けた音楽を付けちゃったから、是枝さんに首を傾げられて。
是枝 いやいや、傾げてないです(笑)。
細野 そうだろうなと思って、すぐ引っ込めたんですけど。
是枝 リリーさんを観ると、ピエトロ・ジェルミのイタリア映画を思い出すっておっしゃってましたね。
細野 僕が映画音楽で尊敬してるのは、ピエトロ・ジェルミ監督の作品に音楽を書いたカルロ・ルスティケリと、黒澤明作品の佐藤勝。今回は久しぶりの映画音楽だし、ちょっと張り切っちゃって、その2つを合わせたいと思ったんですよ。それも悶々とした原因(笑)。
是枝 子供が歩く場面にギターの音がスッと入ってきた時、この映画の基本の音はこれだと思いました。
細野 おっしゃってましたね。それでちょっと安心して。ただ職業映画音楽家じゃないから、いつも音楽を作りすぎちゃうんです。『メゾン・ド・ヒミコ』
の時はそれを考えながらやったんですけど、自分では過剰な感じがして。試写を観た山田洋次監督が「音楽がいい」って話してるのを近くで聞いて、僕には皮肉に思えてね(笑)。音楽はあまり印象に残らなくていいんです。だから今回、観終わった時に理想的だって言いましたけど。
是枝 はい。
細野 そういう意味なんですよね。音楽が出すぎてなかったから。
是枝 良かったです(笑)。最初に映像を観ていただいた時、ドキュメンタリーみたいな感じがするから、そんなに音楽が主張しなくていいんじゃないかって言っていただいて。それは映像の作り手として、とても嬉しい言葉なんですよ。
細野 何だろう、この自然さはと思って。会話が素晴らしいんですよね。
是枝 役者がうまいんです。今回、安藤サクラさんを初めて撮りましたけど、途中で自分が書いた脚本とは思えなくなりました。セリフが彼女の口から出てきた時、それがセリフとして聞こえない気がして。役者の力は大きいです。
細野 リリーさんも今やベテラン俳優ですね。編集もギリギリまでやられたんでしょう?
是枝 ギリギリをちょっと越えてやってました(笑)。
細野 それで満足されたんですよね?
是枝 とても満足しました。
細野 それが嬉しいです。僕はいい映画を観たいと思ってますから。映画音楽が好きっていうより映画が好きなんです。

『万引き家族』
監督:是枝裕和/出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、樹木希林/都会の一隅でボロボロの平屋に暮らす家族。犯罪で生計を立てる彼らのもとに、ある日少女が拾われてきて……。家族の絆を見つめ、社会への憤りをぶつけた、是枝監督の新作。6月8日、TOHOシネマズ 日比谷ほかで全国公開。
©2018『万引き家族』 製作委員会

photo/
Tomoo Ogawa
text/
Yusuke Monma

本記事は雑誌BRUTUS871号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は871号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.871
CAMPとHIKE 頼れる道具(2018.06.01発行)

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