東京

商店街街歩きの後で、コーヒーブレイク。【押上】

細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」

No. 870(2018.05.15発行)
新 お金の、答え。
クラシックなスタイルの喫茶店が好きで、下町に足を延ばすこともあるという細野さん。お気に入りの一つは南千住にある〈カフェ・バッハ〉。次回は、神保町のお気に入りの店を紹介してくれるかも……。
コーヒーのおいしい蕎麦屋〈長屋茶房 天真庵〉は築70年の木造長屋で、店主が自ら焙煎した豆で丁寧に淹れたコーヒーが飲める店。
永井荷風の『濹東綺譚』(新潮文庫)。
細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」
あの2人が、また歩き始めた──。伝説の書『観光』から約30年。かつて街の風景を大きく変えたオリンピックが再びやってくる前に、その姿を見ておくために。「住めば都」の大都市、東京は果たして天国か否か? 音楽家と人類学者の時空を超えたぶらり旅の記録。
スカイツリーとともに発展した下町、押上。
商店街歩きの後で、コーヒーブレイク。40年ぶりに訪れた香港に残っていた猥雑と、迷宮音楽の話。
細野晴臣 ちょっと疲れたからコーヒーでも飲もうよ。
中沢新一 そうですね。けっこう商店街を歩きましたね。
細野 昔は山の手にも商店街がたくさんあってさ。こんなふうにわざわざ下町に探しに来る必要もなかったんだけどね。
中沢 どこにでもそういう混沌とした場所が残っていました。
細野 そういえばこの間、ライブで40年ぶりに香港に行ってきたんだ。そしたら、香港にはまだそういう世界があるんだね。カオルーン(九龍)あたりのバザールなんかもう別格で変わらない。猥雑さがちゃんと残ってる。面白くて、バスと市電を乗り継いでいっぱい歩いたよ。
中沢 いいですねえ。映画『スージー・ウォンの世界』みたいな。
細野 そうそう。あれ良かったなあ。
中沢 僕も大好きで、VHSビデオ持ってるから今度貸しますよ。
細野 いいね。昔は横浜中華街ですらドキドキしてたんだから。『濹東綺譚』じゃないけど、やっぱりああいう迷宮的な感覚に憧れがあるんだよ。新しいアルバムの中にも「洲崎パラダイス」という曲があるけど、その幻想は昔からあって。それは音楽とすごく密接に関係している。
中沢 「迷宮音楽」ですね。
細野 そう、僕が好きな音楽はだいたい迷宮音楽なんだ。何かと何かが渾然と入り混じった中から生まれる不思議なエネルギー。驚きとか喜びとか、そこから喚起されるものがあった。だけど今、街からそういう感覚が消えてきてるんだね。
中沢 音楽から迷宮性がなくなっちゃったら、どうなるんですか。
細野 いや、すでにほとんどなくなってる。何もかもが見えるようになって、綺麗に整理されて、世界中みんなが同じ手段で、同じような景色を作るようになっているから。
中沢 音楽だけじゃなくて、生命を扱う文化すべての危機だと思いますよ。ダンスなんかもそうでしょうし。性の領域も含めて、すべてを顕わにしてしまう時代。もう残されたのは食だけかもしれない。
細野 そう、何だか全部スポーツみたい。すると結局はオリンピックみたいになっていく。
中沢 だけど、じゃ細野さんにとってテクノって何だったんですか?
細野 うーん……あの頃はテクノポリスに迷宮を見ていたんだ。でも、1985年の『国際科学技術博覧会(つくば博)』あたりでガックリしてしまった。テクノの行く末は駄目だと思った。それでやめちゃった。だから、今後は人間の内に向かっていくしかない。そこだけは迷宮だから。
中沢 それが文学ですしね。
細野 そうなんだ。何か作品にして、残さないといけない。消えた感受性はなくなってしまうだけ。“香り”が消えてしまったら、誰も思い出せなくなるでしょう。だけど音楽は残るから。だからやるべきなんだ。
中沢 そうですよ、もう意地になってやるしかないよね。

HARUOMI HOSONO
1947年東京都生まれ。音楽家。69年にエイプリル・フールでデビュー後、はっぴいえんど、ソロ、ティン・パン・アレー、YMOなどで活動。2017年、2枚組アルバム『Vu Jà Dé(ヴジャデ)』発表。

SHINICHI NAKAZAWA
1950年山梨県生まれ。思想家。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治大学野生の科学研究所所長。『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)ほか著書多数。近著に『アースダイバー 東京の聖地』(講談社)。

本記事は雑誌BRUTUS870号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は870号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.870
新 お金の、答え。(2018.05.15発行)

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