【ミャンマー、社長、四谷のママ】松尾スズキの“胃”に“ミャンマー”が入った!

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 869(2018.05.01発行)
居住空間学2018 歴史をつなげる部屋。
麻薬撲滅のためケシに代わって生産されるようになったソバの焼酎。ダメ絶対!
仏教遺跡と豊かな自然の国、ミャンマー。今回は東部の少数民族「シャン族」の料理。

食で世界を周る旅、1国目は「落ち着くー」ミャンマー料理。

 税金が高い。高すぎる。しかし、それを押しても日本はいい国だ。日本にいながら世界中の料理が食えるのだ。の醍醐味は食にある。私はそう思う。中国に行ってノルウェー料理が食いたいという混乱した人間はそういない。空港に着いた瞬間から、うまい中華が食いたい、で、中華を食う、ああ、しみじみ中国に来たなあ、と、そうなるのが、である。ならば、逆に考えれば本場の中華を食ってさえいれば、日本にいようが少なくとも胃袋だけは中国していることになりはしまいか。それくらい食とには縁がある。
 人間は、しょせん、個であり、無縁である。しかし、歳を食ったせいか、最近、縁というものになにかと意味づけしたくなる。私は今年、松尾スズキと名乗るようになって30年になった。縁あればこそだ。私だって、たまには意味がほしい。30年もがんばったのだから。
 この連載を始めようと思ったのもある縁に始まる。
 社長と知り合ったのは数年前、CGの会社をやっているせいなのか、非常に感情の読みとれない男である。彼に映画の監督を頼まれたのだ。映画はいい出来栄えだったが、ヒットはしなかった。それで、この縁も終わりかなと思ったものだが、その後も、年に一度くらい、仕事と関係なく食事に誘ってくれる。なぜだろう。表情が読み取れないのでわからないが、社長は、映画、音楽、小説、漫画、特に、あらゆる文化に精通していて話していて飽きないし、なにしろただ飯なのでいつもお供することになる。この歳になって奢ってもらえるというのも希少な縁だ。
 ある日、社長は、四谷三丁目の「ゴールデンバガン」というミャンマー料理屋に私を誘ってくれた。ミャンマー料理? まあ、ベトナム料理とかタイ料理とかそういう系統なのだろうとタカをくくっていたのだが、あにはからんや、度肝を抜かれてしまった。最初の一口から、今まで食べてきた料理の味の方程式にまったく当てはまらない、評しがたい味と食感だったのだ。それはラペットッという料理だった。生のキャベツ、トマト、ピーナッツ、フライドガーリック、干しエビ・・・食材としてはしょぼいものばかりなのだが、なぜか、何とも言えないなんだろう「落ち着くー」という感想しか出てこない味わいなのだ。なんですか落ち着くものの正体は、と、社長に聞くと、実は、お茶を発酵させたもので、これはお茶のサラダなんですという。そりゃ落ち着くよ! その時、私ははっきり、「ミャンマーが胃に入った」と感じ、それは、「胃の内側がミャンマーに行った」と、同じことなのではないかと思ったのだ。その後、ひよこ豆で作った豆腐をフライにしたトフージョーや、ベーボ・アソンジョーという納豆を潰して煎餅にしたもの(砕いてふりかけにしてご飯にかけるらしい)、発酵タケノコ! と豚肉の煮込みであるワェッターミッチンなど、どれもこれも、料理の発想が斜め上を行っているし、タイ料理のように辛くもなく、深みがあるというか、深みしかない未知の味で、いちいちおもしろく、だから酒が進み、在日18年のノリのいいミャンマー人のママと話すうち、私は陶然と体内でミャンマーしていたのだった。
 お礼に、と思い、私の行きつけの、これまたあきれるほど好きのママが経営するスナックがたまたま四谷三丁目にあるので、これも縁だと思い、社長を連れて行ったら、偶然ミュージシャンの坂本慎太郎さんが飲みに来ていて、小一時間一緒に飲んだのである。で、その帰り、普段機嫌というものを表に出さない社長が、見たことのないテンションになっているのでわけを聞くと、私、実は、日本のミュージシャンの中で一番坂本さんが好きなんです! というではないか。なんだろうか、この縁は? そう思い、では、実験だ、その四谷のママを「ゴールデンバガン」に連れて行ったらどうなるのか? と、しばらくして、社長とともに再訪したら、「私、前、よくここにランチに来てた!」という。そして、四谷のママと社長の会話が弾む弾む。好き同士の会話のグルーヴ感がはんぱないのだ。さらに驚くことに、客のミャンマー人のおっさんが、急に私を指さして、「私、若い頃あなたの芝居見たことあります。『ふくすけ』ね」という。『ふくすけ』は、私が29歳のとき、下北沢の小さな劇場でやった芝居である。それを見知らぬミャンマー人が観ていて、ここで再会するとは。「なんで見たの?」「たまたまだ」というのだ。
 四谷のママは実は昼間は、編集者をやっている。これは、もう、仕事にするしかないな、と思った。松尾スズキ30周年の初仕事はこれだ。
 これから、社長と日本にいながら飯で世界を周るをする。それをレポートしてみたい。胃袋がつないだ縁の意味を求めて。意味が見つからなかったら?
 そのときはそのときだ!

ラペットッ 発酵させたお茶の葉と揚げた豆類や野菜、干しエビなどの食感豊かなトッピングを混ぜ合わせた松尾さん大感激のサラダ。現地では青唐辛子をかじりながら食べることも。850円。

ワェッターミッチン 発酵したタケノコ・ミッチンと豚肉を素焼きの器で煮込んだスープ。タケノコはミャンマーから直接仕入れている。ニンニクと唐辛子を沸騰後に入れるのがシャン流。1,200円。

トフージョー ひよこ豆で作った豆腐をカリッと揚げたシャン族の代表的な料理。甘いチリソースが合う。中からとろりとあふれる優しい豆の風味が後を引いて無限に食べられそう。700円。

モヒンガー ミャンマーの代表的な朝ご飯。ナマズを煮出したスープ(モモさんのお母さんの手作り!)でひよこ豆を煮込み、米の麺で食べる。優しくて滋味深い国民的麺料理。1,000円。

ヌ・ソム・ムー バナナの葉で豚肉を包みお米で発酵させた酸味のあるソーセージをたっぷりの薬味やナッツと一緒に葉野菜で巻いて食べると、様々な食感と味わいで口の中が楽しくなる。800円。

ベーボ・アソンジョー 煎餅状にした乾燥納豆・ベーボはシャン族独特の食材(左)。これを揚げて砕いたところに、ナッツ、ポテトチップス、ガーリックチップスを混ぜるという完璧な酒の肴。600円。

ゴールデン バガン 【MEMO】 「こんなに丁寧に作っている店はほかにはない」と“社長”も太鼓判を押すバガン。味はもちろんサイさんモモさんご夫婦の人柄も魅力の一つ。2人とも留学生で日本で出会い日本で結婚した。長く和食の料理人をしていたサイさんが、自国の料理を出そうと一念発起して始めたのが3年前。なるべく現地から調味料や食材を仕入れ、シャン族はカレーを作らないからメニューには載せないなど、シャン料理に対する深いこだわりがある。

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SUZUKI MATSUO
1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。舞台『ニンゲン御破算』(東京公演6月7日〜7月1日、大阪公演7月5日〜15日)を作・演出、出演。メルマガ「松尾スズキの、のっぴきならない日常」配信中。http://www.mag2.com/m/0001333630.html

photo/
Shinichi Yokoyama
text/
松尾スズキ、アーバンのママ
illustration/
松尾スズキ

本記事は雑誌BRUTUS869号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は869号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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