女性を描くことに定評のある近代と現代の2人の画家。それぞれの個展が東京と金沢で開催。
絵画や彫刻、現代のイラストレーションなどのアート作品のなかで、多くのアーティストが題材にし、鑑賞者の目を惹き付けるモチーフの一つが、女性を描いたものだろう。女性の美しい姿を表現した作品は、昔から世界中で愛されてきた。不朽の名作といわれるレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」をはじめとして、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」や、ラファエロの描く聖母など、美しい女性をモチーフに描かれた作品の数々は名作と呼ばれ、現代でも愛され続けている。日本では「美人画」というジャンルも確立され、江戸時代では浮世絵で特に人気となった。「美人画」といっても、女性の顔形の美醜はアートの作品の中ではさほど関係なく、時代を映す鏡としての機能を果たしたり、その表情から物語を感じさせたり、ただただ女性の美を絵で楽しむというものと、美人画の役割は違うように感じる。日本の画家で美人画といえば、浮世絵の喜多川歌麿や、歌川広重が有名だが、近代の画家として名前が挙がるのは竹久夢二ではないだろうか。明治から昭和初期に活躍した画家である彼は、詩人でもあり、挿絵画家でもあった。彼が描く独特な女性の絵は「夢二式美人」と呼ばれ、当時から大変な人気を博し、今でもファンが多い。彼の絵のなかの女性たちが時代を問わず愛される理由は、その可愛らしさ、色使いなどのセンスはもちろん、夢二自身の、描く対象への深い愛情が伝わってくることにある。彼は女性が美しく見えるしぐさやポーズを研究してきたという。人一倍、女性の美に対しては鋭い感覚を持っていたのだ。昭和2(1927)年に都新聞で連載された『出帆』という自伝小説の挿絵には、彼の愛した女性たちや、彼女たちと訪れた風景、あるいは抽象的な心理描写などが水墨で描かれている。愛というフィルターを通して描かれる対象物は、より生き生きと、艶やかに輝き続けている。この展覧会は、戦後、彼の画集を次々と出版し、第二次夢二ブームを引率した千代田区九段南にある出版社・龍星閣の創業者である澤田伊四郎が収集した1200点を超える膨大な夢二コレクションが千代田区に寄贈されたことを記念して開催される。女性を愛し、その女性たちから触発され数々の作品を発表した彼が画家として歩み始める原点から、画集、装幀本、絵葉書や千代紙など美人画はもちろん、それだけには収まらない竹久夢二の全貌を感じられる。
もう一人、現代にイラストレーションという世界で美しい女性を描き続けているアーティストがいる。漫画家としてデビューした江口寿史だ。彼の個展が金沢21世紀美術館で開催中。1977年『すすめ パイレーツ』で連載デビューし、81年『ストップ ひばりくん』で大ブレイク。人気漫画家となった彼は、現在イラストレーションの世界へと活動の場を広げている。今回「彼女」と題した展覧会では、40年間追い求めた女性の美を、新作を含む約300点のイラスト作品で紹介する。現代の美人画ともいえるイラストレーションを数々の媒体で発表してきた江口寿史。彼の描く女性はまぶしく、つい目を奪われてしまう。女性の視線は真っすぐこちらを見つめていて、目を奪われてしまったことを見透かされているようだ。恥ずかしいような照れるような気持ちが湧き起こるけれど、やっぱり目が離せない。鑑賞者の性別を問わず、その美しさに目を離せなくなってしまう。彼の描く女性の美しい姿を通じて、その時々の流行や、若者の生き方、時代が見えてくる。広告などで目にしてきた彼の作品が一堂に会する貴重な機会だ。
時代は違えど、女性の美しさを表現してきた2人のアーティスト。この2つの展覧会を通して、それぞれの時代を生きた美しい女性たちの姿を目に焼き付けることができる。美しいとされる流行の外見は時代や国によって異なるが、そこから訴えかける思いがより伝わってくるものが人物画なのかもしれない。人物とは、いつの時代も鑑賞者の心を捉えて離さないモチーフの一つなのだ。日常生活では忘れがちだが、我々人間は美しい生き物。そんな感覚を改めて教えてくれる。
- text/
- Saki Miyahara
本記事は雑誌BRUTUS869号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は869号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。