ライフスタイル

崖地に浮かぶ、コンクリートボックス。

住み継がれる、半世紀住宅。

No. 869(2018.05.01発行)
居住空間学2018 歴史をつなげる部屋。
緑豊かな斜面に浮かぶような青い箱。箱形で居住性の高い都市型住宅を得意とした建築家、宮脇檀の代表作だ。丸と四角の幾何学的なデザインが印象的だが内部空間は柔らかい。
宙に浮かぶリビングの開口部は、床から天井までのはめ殺し窓。フレームや隅柱を消しスタイリッシュに仕上げるのが宮脇流。
階段室のガラス越しに、上の階と視線がつながるダイニング。家族の団欒は食卓が中心という考えから、建物の核に据えられている。
宮脇と施主が柱なしで箱を浮かべることにこだわった外観。街並みも大事にし、緑豊かな斜面は既存の崖を切り崩した後、埋め戻した。
階段。窓越しにテラスとダイニングを見せ、空間を縦につなぐ。幾何学的な開口部と、身体に寄り添う曲線的な手すりの対比も面白い。
玄関扉は宮脇のこだわり「内開き」。四角い穴から外に気配を伝える扉も竣工当時のまま。「重たいけど大事にしたい」と現オーナー。
外部に出っぱり外観のアクセントにもなっている丸いラウンジピット。腰かけると視線が下がり、空間の広がりがより感じられる。
居間。晴れていれば窓越しに富士山も望める。ソファや照明は現オーナーが設置。モダンで温かい空間と共通する北欧系の家具を選んだ。
2階の元テラス。以前の改装で屋根が架けられ、床も広げられた。
元子供室の造り付けベッド。宮脇は家具制作にも力を注いだ。
人の動きに合わせて折れ曲がる廊下。棚もオリジナル。手前は洗面室。かつて和室だった場所が洗面室とバスルームになっている。

カッコよさと住み心地を追求した、欲張りな箱。

 崖から飛び出すように浮かぶ青い箱。箱の隅を欠くキューブ状の凹みや、箱の底にある丸い出っぱりは、いつか別の物体と合体しそうにも見える。1973年公開の映画『ゴジラ対メガロ』にも登場したというその姿は、今見ても未来的でスタイリッシュだ。
 この住宅を設計した宮脇檀は「カッコよければすべてよし」を口癖とする建築家だった。
「ラジカセが欲しいと言えば、“カッコよければ買ってもいいよ”
と返ってくる。子供の頃、父が何事にもデザインを優先するのが嫌で“デザイン大嫌い!”と怒ってしまったこともあります」と宮脇の長女、彩さんは言う。
 建築のみならず本人もスタイリッシュだった。衣服もおしゃれ、車好きで旅好き、料理も上手、そして交友関係も幅広かった。
 この住まいのクライアントは、そんな宮脇人脈を感じさせる人物だ。写真家・早崎治。東京オリンピックのポスターを手がけたことでも知られる一線級のクリエイターで、宮脇の友人だった。竣工時に、宮脇は35歳、早崎治は38歳。設計は「“この敷地なら面白い家できるよナ”“そりゃできるさ”」という、友人同士のやりとりから始まったという。
 ブルーとグリーンに塗り分けた外装は、早崎のレース用ミニクーパーの色から。車庫の壁には早崎のレース仲間でグラフィックデザイナーの山下勇三による壁画も描かれた。
 その鮮やかなカラーリングから名前は〈ブルーボックスハウス〉。宮脇70年代から展開した「ボックスシリーズ」の代表作の一つだ。これは複雑な生活空間を単純な箱の中に収めた、一連の都市型住宅のこと。プライバシーと開放感を両立させた構成が特徴で、都心への人口集中が進む高度経済成長期、限られた敷地に家を建てざるを得ない当時の住宅事情に適した提案だった。
 宮脇の設計する建物は見た目こそスタイリッシュだが、中身は住み手の身体感覚に従ってできている。「父はお施主さんに家をどう使うのか詳しく尋ね、気づいたら長居をしてしまうような心地よい空間をつくろうとする建築家でした」と彩さん。宮脇の事務所では、家族構成から食事の時間、テレビのチャンネル権が誰にあるのかまで事細かに調べた「設計調書」を基に、その家で人がどう暮らすのかを丁寧に思い描いて家づくりに反映させていたという。
 この家もしかり。宮脇が「客を迎えるという気分がする」とこだわった内開きの玄関が設けられ、「人は決して直角に曲がらないのだから、その動きに合わせた角度を探す」と、廊下はゆるやかに折り曲げられている。「ワンルームに近い家ほど家族的」だと、1、2階は階段室兼トップライトでつなげられた。「カッコよければすべてよし」という言葉は「造形のために居心地や機能を犠牲にする」という意味ではなかった。
 一方でボックスが浮かぶ印象的なフォルムは表現の要だと、構造にはこだわった。構造は宮脇が得意とした、コンクリートと木の混構造。1階は鉄筋コンクリート造、2階の小屋組みなどは木造として躯体を軽くし、柱なしで箱が浮かぶ構造を実現した。
 初代オーナーの早崎が93年に亡くなった後、この家は人手に渡った。現在の菅泉さん夫妻は4代目オーナーにあたる。
「近所のマンションに住んでいたのですが、ある日こちらが売りに出されていることを、たまたま知って、散歩がてら見に行ったところ、圧倒されました」と夫の拓己さんは出会いを振り返る。
 現在は宮脇に関する書籍を収集し、建物の設計趣旨まで詳しく説明してくれる拓己さんだが、この家に出会うまで宮脇のことは知らず、購入に至ったのは純粋に、空間の魅力に引かれたからだ。
「外観はモダンだけど中は意外と落ち着くというか、居心地がよいと感じました。私はモダンなものが好きで、妻はヨーロピアンクラシックが好き。どちらの好みにも当てはまるので、喧嘩にならないで済みます(笑)」
 リビング、テラス、寝室。コンパクトな箱の中に収まる空間はどこもゆったりとしている。採光も十分だ。青い箱にある窓は、子供室の丸窓だけ。プライバシーはしっかり守られている。
「間取りもシンプルで、その後の核家族化を想定したかのような、小さな家族でも暮らしやすい空間だと感じます」と妻の裕美さん。
 菅泉さん夫妻は住むほどに、この建物を守りたいと強く感じるようになってきたという。
「名建築に暮らしていることを誇らしく思う気持ちはあります。できれば外壁も竣工当時の色に戻して、いい状態で次世代に残したい」と拓己さん。住みやすくスタイリッシュな「箱」は、今も愛され続けている。

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ブルーボックスハウス
●東京都世田谷区
設計:宮脇檀。1971年竣工。157㎡の斜面に建つ、床面積122㎡、鉄筋コンクリート造(一部木造)の住宅。93年、初代オーナー早崎治の没後、2組の住み手を経て菅泉夫妻が暮らす。仲介の不動産会社も建物の価値を大事にし、竣工時の図面も引き継がれている。

●設計した人
宮脇 檀
みやわき・まゆみ/1936年生まれ。東京藝術大学卒業、東京大学大学院修士課程修了。64年に宮脇檀建築研究室開設。住宅設計から都市計画、教育など幅広い分野で活動。今年は没後20年。7月13日〜こうべまちづくり会館でドローイング展『宮脇檀 手が考える』開催。

●住んでいる人
菅泉拓己、裕美
すがいずみ・たくみ、ひろみ/共にアパレル関係の企業に勤め、それぞれブランド統括、マーケティングの仕事に従事。2012年から〈ブルーボックスハウス〉に愛犬と暮らす。その職業柄、宮脇檀の「カッコよければすべてよし」という考え方にも共感するそう。

photo/
Satoshi Nagare
text/
Katsura Hiratsuka
edit/
Tami Okano

本記事は雑誌BRUTUS869号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は869号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.869
居住空間学2018 歴史をつなげる部屋。(2018.05.01発行)

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