建築・インテリア

しかるべき余白がものを引き立てる。ゆとりを残したマンションリノベーション。

歴史をつなげる部屋。

No. 869(2018.05.01発行)
居住空間学2018 歴史をつなげる部屋。
リビングの壁にたっぷりと間隔をとってアートを飾る。左は現代美術作家の大西伸明によるアクリル製の電球。右2つは照明器具の中で植物を育てる村瀬貴昭による〈Re:planter〉 の作品。仕切りの壁にはフランス窓を嵌めた。
ダイニングの飾り棚も「詰め込みすぎない」がルール。箱を積み上げたり、木製のオブジェをまとめたり、コーナーごとに物語がある。ダイニングテーブルと椅子は古いアーコール社のもの。一番奥のみチャーチチェア。
アトリエの壁には向井さんの額装作品が並ぶ。左上の大作は留学時代のもの。最初に研修した額装店から古いリヨンの街並みの絵をプレゼントされ、自身で額装した。
アトリエの一角。額装教室も運営するので紙や額のサンプルなど物量があるが、アトリエではしまい込まずにラフに収納。木製ワゴンは日本の古道具屋で見つけたもの。
小学校の工作机を作業台に。壁には額装サンプル。マット部分に水彩で縁取りや色付けするのがフランス額装の特徴で、額とマットの合わせ方で見え方は幾通りにもなる。
アトリエ入口の扉。イギリスのアパートメントの共同玄関で使われていたもの。ガラス部分には美しいカッティングが施されている。明るい水色から深い緑へ塗り替えた。
玄関の扉を開けるとこの風景。正面の扉の奥が住居スペース。右手に緑の扉があり、その奥がアトリエ。
住居スペースへと続く扉を内側から見る。玄関には形の異なる鏡をいくつも掛けて姿見の代わりに。

間のとり方をよくよく考える。それは額装も家も同じ。

 玄関を開けると、すぐにまた3つの扉が現れた。右手の扉はアトリエへ、正面の扉は住居へ続き、残りの1つは洗面所。アトリエも住居もそれぞれ十分な広さがある。
 ここは芦屋の住宅地に立つ築44年のマンションの一室。150㎡の広さがあり、前の住人は3世帯で暮らしていたという。今の住人は額装職人の向井理依子さんで「仕事と生活を分けたくて」と、元の6LDKを玄関すぐで仕切る間取りに改装。アトリエに来る額装教室の生徒さんも「隣にお住まいだったんですね」と驚くほど、スパン! と住み分けされている。
「私が額装するのはアート作品だけじゃないんです。中にはちょっと変わったものもあって、例えば、息子さんの泥だらけのスパイクシューズや、亡くなった愛犬のしっぽの毛。よその額装屋さんに断られてウチに来てくださる方もいます。代えの利かない、世界に一つのものばかりだからセキュリティは大切で、玄関、アトリエ、住居と3ヵ所に鍵を付けていますし、そういった大切なものを自分の暮らしと混ぜこぜにして預かるのにも抵抗があって、公私はきっちり分けることにしました」
 向井さんがこの部屋と出会ったのは10年前。パリフランス額装を学んだ後、日本の額装会社で経験を積み、いよいよ独立をと家を探し始めた。しかし、求める広さと予算の折り合いがつかず、物件探しは難航。そんな時、リノベーション会社からこの部屋を提案された。芦屋は高いと思い込んでいたが、ここは広すぎて買い手がつかずにいた物件。不動産屋も最初から値段を下げてくれたという。
 リノベーションでは、前述の間取りと、白い箱のような空間をリクエストした。後から色が足せるようにと、壁は白、床はナラ材、スイッチ類などは極力隠したプレーンな部屋が完成した。だが向井さんの場合、“足す色”はむやみに多くない。住み始めて10年経つが、広さに対してものも家具も少なく、アトリエにこそ様々な材料があるが、住居部には額装された絵の一つもない。リビングの飾り棚にもまだまだ余裕を感じるが、「せっかくそれぞれいいのに、ごちゃごちゃ置くと可哀想」と言う。その感覚は仕事で培ったもので、「額装では余白のとり方が大切。マットの幅一つで作品の見え方が変わる。そこに神経を注いでいます」。引き立てたいモノと、周囲との距離。住空間でもごく自然にそのことを考えているのだ。
「それに額装の仕事は依頼主の思いを酌むことが大切で、相手に寄り添うためには自分の心に余裕がないといけない。私の場合は特に思い入れの強いものを預かるので、その余白はより必要なんです」
 ちなみに向井さん、前職はシステムエンジニアで思考回路は完全に理系。筋道を立てて物事を考えるのは常のこと。意識的に残した余白が、仕事場と隣り合う住まいにゆとりを生んでいた。

向井理依子
●額装職人

兵庫県芦屋市

むかい・りえこ
28歳で渡仏。フランス額装を学ぶ。帰国後、日本の額装会社に勤務。2008年独立。〈artd'encadrement〉の屋号で兵庫県芦屋を拠点に活動。年に1度、個展で額装作品も発表する。隣は前職のシステムエンジニアリング会社で知り合った夫の亮一さん。

photo/
Keisuke Fukamizu
text/
Yuka Uchida

本記事は雑誌BRUTUS869号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は869号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.869
居住空間学2018 歴史をつなげる部屋。(2018.05.01発行)

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