エンターテインメント

吉本ばなな『マリカのソファー』のマリカ

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 860(2017.12.01発行)
日本一の「手みやげ」はこれだ!

主治医:星野概念

名前:吉本ばなな『マリカのソファー』のマリカ

病状:いつもペインは痛かった。痛い係はペインだった。
マリカが代わってあげるよといっても、気づくといつのまにかペインが代わっていた。

備考:多重人格を有する8歳のマリカ。少女とジュンコ先生の交流、旅での癒やしの物語。『マリカのソファー/バリ夢日記』として取材旅行記も収録。幻冬舎文庫/533円。

診断結果:少女の中の別人格たちが、静かに溶けていく神秘。

 人格の分裂があるマリカが、主治医以外で唯一信頼を置く20歳上の主婦ジュンコ。マリカは彼女をジュンコ先生と呼びます。人格の分裂があるということは「解離性同一性障害」、つまり「多重人格」です。これは稀な疾患で、しばしば虐待などのトラウマ体験と関連します。マリカも両親から、暴力や性的虐待を何度も受けました。繰り返されるトラウマ体験は「複雑性トラウマ」と言い、心が複雑骨折すると譬えられます。特に、子供の虐待は、人として基盤の部分が複雑骨折することになるので、色々な場面でとても臆病になります。そのため安全装置のように、体から意識が切り離されやすくなり、そのたびに自分じゃない何者かが体験を代行するので、次第に複数の別人格が形成されます。治療の一つには、通常複数の患者が集まって行う「グループ療法」を、1人の中の複数の人格に対して行う「自我状態療法」があります。ジュンコがマリカのそばにいて様々な人格たちと肯定的に話すのは、それに近いかもしれません。時を経て、人格が統合され始めたマリカは、ジュンコと念願のバリ旅行をします。道中、最後まで残った、別人格の中でも特別な少年人格オレンジも、ジュンコと交流の末、統合されます。マリカの中の別人格たちがバリの神秘とジュンコに癒やされ統合される描写に、通常の診療にはない、魔術的で言葉にできない何かを感じました。

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ほしの・がいねん/精神科医として総合病院に勤務、星野概念実験室等で音楽活動も。一押しの酒は寺田本家!

edit/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS860号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は860号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.860
日本一の「手みやげ」はこれだ!(2017.12.01発行)

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