写真書籍・読書

木彫り熊と共に生きたアイヌ彫刻家が、その目に映してきたもの。

BRUTUSCOPE

No. 860(2017.12.01発行)
日本一の「手みやげ」はこれだ!
本物かと見紛うような、藤戸さんの作品。盟友であった彫刻家の砂澤ビッキが抽象に向かったのに対し、藤戸さんは具象を突き詰めていった。
アイヌの聖地でもある硫黄山。

写真家・在本彌生との共著『熊を彫る人』を執筆した村岡俊也からの報告。

 鮭をくわえた“木彫り熊”を見たことがない日本人は、ある年齢より上の世代にはいないのではないか。1960〜70年代北海道ブームは、現在では信じられないほど高まって、阿寒湖のアイヌコタン(集落)が、まるで原宿の竹下通りのようにヒップな若者たちで埋め尽くされていたという。
 現在、札幌芸術の森美術館で回顧展が行われている彫刻家、藤戸竹喜は、木彫り熊の黎明期から、爆発的な人気を博し、衰退していく過程をすべてその目に映してきた数少ない人物だ。83歳を過ぎた現在も自らを“熊彫り”と呼び、すべての創作の基本は“熊”だと語る。11歳から熊を彫り始め、キャリアは70年を超えた。札幌駅に設置された「ウレシパモシリ北海道イランカラプテ像」というアイヌの翁の立像を、あるいは見たことがあるかもしれない。熊から始まって等身大の人間まで彫るに至った、アイヌの彫刻家。氏の作品に魅せられて、阿寒湖に通った。
 始まりは、写真家の在本彌生さんが写真で見た“狼”だった。その威厳ある、生きているかのような存在感に導かれるように、狼や熊を阿寒湖の風景の中で撮影したいという発想から始まった。在本さんが藤戸さんに会いに阿寒湖へ訪れると、「それは面白い」と藤戸さんは快諾してくれた。以来、季節が巡るごとに、在本さんと一緒に藤戸さんを訪ね、熊や狼を借りて阿寒湖周辺の刻々と変わっていく風景の中で撮影をしつつ、藤戸さんからさまざまな話を聞いた。今までの人生のこと、アイヌの思想、阿寒湖の盛衰について。
 例えば、埋れ木という素材について聞いた。倒木が土に埋もれ、そのまま腐らずに何千年も経過することがある。その木には土の色が染み込んで灰色に変色し、独特の風合いを持っている。その埋れ木を使うことで、「絶滅してしまった狼を彫ることができると思った」と藤戸さんは語る。すでに絶滅してしまったエゾオオカミを蘇らせるために、かつて生きていたはずの時代の木を使っている。藤戸さんの作品には、意味が何重にも付されていることを知っていく。エゾオオカミが絶滅したのは、入植した和人が鹿の肉に毒を混ぜて山に撒いたせいだという。アイヌとエゾオオカミはまったく対立していなかったのに、和人が山を切り開いて牧場を作り、家畜を飼い始めたことから人間と自然との関係が崩れていった。エゾオオカミを殺せば、報奨金がもらえ、その証拠のために、耳を切り落として届けさせたといわれている。藤戸さんがエゾオオカミの剥製を見たのは、知里真志保というアイヌの学者が勤めていた北海道大学の博物館でのことだった。
 木彫り熊の発祥についても聞いた。大日本帝国陸軍の第七師団が旭川の近文に移転し、彼らを訪ねた人々が、アイヌのコタンにもやってきて土産物を求めた。アイヌの民具だけでなく、その中から長らくアイヌにとってモチーフであった熊が単体として彫られるようになっていった。一説には、八雲町という徳川の末裔が入植した土地の農閑期にスイスの土産物を参考にしたのが木彫り熊の発祥といわれているが、藤戸さんは明確に否定している。アイヌはあくまで「北海道の熊を彫っていたんだ」という言葉の裏には、文字を持たずに、口頭伝承で自分たちの物語を伝えてきたアイヌの思いが透けて見える。和人がいかにしてアイヌが暮らした土地を北海道として塗り替えていったのかまで想像させるからだ。サパンペという祭祀で使われる冠のトップに、顔だけの熊が彫られていたり、イクパスイという同じく祭祀用の道具にも、熊のモチーフが彫り込まれているものがある。熊は、アイヌの言葉でカムイ。神という意味だ。明治大正期の木彫り熊は、この祭祀用の道具に彫り込まれたものに酷似していて、そのつたなさから「ワニ熊、ブタ熊」と呼ばれていた。けれど、黎明期の木彫り熊に備わったプリミティブな力強さは、今見ても、とても素晴らしい。
 藤戸さんの妻・茂子さんいわく「木彫り熊の申し子」である藤戸さんという一人の熊彫りの目を通して振り返ってみると、木彫り熊には大きな物語が背景にあることがわかっていく。和人とアイヌの関係だけでなく、のちに国立公園に指定された阿寒湖周辺で木材がどれほど伐採され、いかに植林されたのか。昭和40年代までは阿寒湖にも製材所があったという。その木材が阿寒川によって運ばれた釧路という港町は、製紙工場で栄えた土地だ。北海道の歴史は、藤戸さん一人の人生の間に大きく変化していることに驚かされる。その変化の象徴として、木彫り熊を見ることができるのだ。アイヌと北海道の近代を振り返らせ、かつまるで遠い異国のような物語が同時代にあったことを、失われつつある民芸品は教えてくれている。

『熊を彫る人
木彫りの熊が誘うアイヌの森
命を紡ぐ彫刻家・藤戸竹喜の仕事』

熊と狼の作品を藤戸さんが暮らす阿寒湖周辺の自然の中で写し、藤戸さんの評伝、木彫り熊の歴史などを記した文章を重ねた写真文集。藤戸さんの創作風景、阿寒湖周辺の風景も収められている。写真・在本彌生、文・村岡俊也。小学館/2,300円。

photo/
Yayoi Arimoto
text/
Toshiya Muraoka

本記事は雑誌BRUTUS860号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は860号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.860
日本一の「手みやげ」はこれだ!(2017.12.01発行)

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