人生仕事

モテてたら子持ちの年上の女と結婚してないよ(笑)。|野村克也

TOKYO80s

No. 851(2017.07.15発行)
台湾で見る、買う、食べる、101のこと。
PHOTO / SHINGO WAKAGI

野村克也(第三回/全四回)

 お前の肩じゃ1軍は無理だと言われてね。肩の強さは天性だと。だが先輩で2人ほど、遠投がいいって。試合、練習後の無人の球場で、毎日遠投をやった。恥ずかしい話だけど、ある日、1軍の堀江さんに「キャッチボールやってくれ」と言われたんだ。緊張して投げるとボールが変化してしょうがない。緊張すればするほど変化する。「ボールどないして握ってるんだ?」と、見せたら頭を思いっきりぶん殴られて、「プロのくせに握り方も知らないのか」。普通の握りのフォーシームを知らなかった。そんな選手が後で監督やるんだからな(笑)。そしたら遠投も伸びて、また野球が楽しくなっちゃって。そんなレベルの選手だよ。ところが3年目に1軍昇格、2年目に1軍優勝、3年目にご褒美でハワイキャンプ。どうせ球拾いと思っていたら、また運が転がってた。ハワイでみんな浮かれて遊びに行っちゃって。俺はお金もないし、誘ってくれない。ボールを磨いて一生懸命バットを振ってた。そしたらレギュラーのキャッチャーが肩が痛いとオープン戦を辞退して。「今日は……野村、お前行け」って監督がやけくそに(笑)。みんなが遊び呆けてるのを知ってたんだよ。ハワイのチームはレベルが低くてこんこん打てた。それで開幕の公式戦でまた俺。緊張する緊張する(笑)。打てども打てどもヒットが出ない。25打席目でやっとレフト前ヒット。俺の素質を見抜いてたのかな、鶴岡監督は結構我慢してくれたよ。考えてみたら人に恵まれてたな。兄貴の助言に高校野球部の部長。先輩の男子にはモテる。女性になんか全然だよ。モテてたら子持ちの年上の女と結婚なんかしないよ(笑)。現役は結局27年。内助の功ってあるじゃない。うちは逆で、奥さんに足を引っ張られた。「野村に愛人」と『スポーツニッポン』に書かれてクビに。うちのサッチーさんが「関西なんて大嫌い 東京出よう」って。高速を飛ばして東京に出たんだ。あー、俺の人生も終わったなって、なんとも言えん思いで運転してた。42歳かな。厄年ってあんだなと思った。女房は責任感じてか知らないけど、「職を探さなきゃいけない、もうユニフォーム着られることはないだろう」ってつぶやいたら、一声。「なんとかなるわよ」。それでなんとかなったんだ。強い奥さんだから。人の噂も七十五日。その時のなんとない一言がまあ、すごい響いたね。「なんとかなるわよ」って。(続く)

野村克也
のむら・かつや/1935年生まれ。元プロ野球選手、監督。解説者、評論家。

photo/
SHINGO WAKAGI
text/
KUNICHI NOMURA
edit/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS851号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は851号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.851
台湾で見る、買う、食べる、101のこと。(2017.07.15発行)

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