エンターテインメント

住野よる『君の膵臓をたべたい』の僕

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 850(2017.06.30発行)
建築を楽しむ教科書

主治医:星野概念

名前:住野よる『君の膵臓をたべたい』の僕

病状:どういった対応をするのが正解なのか、まるで分からなかったけれど、僕は空いた左手で僕の首にかかっていた腕を解いた。彼女の体を前に押しやると、呼吸も鼓動も消えた。

備考:膵臓の病気で余命いくばくもない高校生と、彼女の病気を知ったクラスメイトの「僕」の物語。2016年本屋大賞第2位、7月28日映画公開。双葉文庫/667円。

診断結果:人に興味がない「僕」が感情を取り戻す、素敵な奇跡。

 友達がいない「僕」と、人気者だけど膵臓の病で余命宣告されている桜良。草舟のごとく流れに身を任す「僕」は、病気なのに元気な桜良の思いつきに振り回され、2人でカフェに行ったり、皆に内緒で行までします。「私達カップルに見えるかな」とか、行先で「同じベッドで寝なさい」など、草食系男子が活発な女子にリードされ距離が縮む典型的な会話が展開され、桜良の家で桜良にハグされた時には「ついに!」と、読んでいて胸高鳴りました。しかし、当の「僕」のドキドキは皆無。せめて「僕のこと好きかも」くらい考えてもよさそうなのに。もしかしたら「僕」
は、相手の気持ちを極端に読めていないのでは? 自分にしか興味がなく、小学校から友達がいなくて、社会生活に困難さを抱えている可能性もあります。そして年齢に比してやや大人びすぎた口調も気がかりです。これらは社会性や想像力に障害のある「自閉スペクトラム症」など「発達の凸凹」を疑う要素です。また、桜良はあまりにも思いがけない死を迎えます。死後、桜良の遺書を読み、「僕」が他人に対し、初めて止められない感情を露わにする結末は涙なしでは読めません。桜良との濃密な関わりによって、人に興味がないはずの「僕」が、感情を自覚する過程は、奇跡のように思えました。自分にも他人にも捉えにくい、やっと現れた感情は、とても純粋だったことでしょう。

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ほしの・がいねん/精神科医。音楽活動もさまざまに行う。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が発売中。

edit/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS850号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は850号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.850
建築を楽しむ教科書(2017.06.30発行)

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