人生仕事

エルヴィスの背景が、私にはジャズと重なって見えました。|湯川れい子

TOKYO80s

No. 839(2017.01.13発行)
日本一の「お取り寄せ」グランプリ。

湯川れい子(第三回/全四回)

コンボという喫茶店では、鼓膜が破れるような音量で音楽がかかっていました。お客さんはほとんど黒人の兵隊さん。「これが今、NYで盛んに台頭してきているジャズなんだ」って。即興演奏で譜面なんかない、黒人が自分のアイデンティティとして自己主張する音楽だと言われて。みんな目をつむりながら会話もなく聴いているんです。衝撃的でした。その中に早稲田の学生だった大橋巨泉さんや、まだ無名の渡辺貞夫さんとかがいらして、女の人はほとんどいない。高校生の私は勉強しているような感覚でした。それで当時は無名のマイルスとか、自分がハマっていくアーティストが出てきて、お金がなかったから神田の古本屋で進駐軍の兵隊さんが売っていたようなジャズ関係の本を買ったり。ジャズにハマって3年後、私が20歳になったときにプレスリーが飛び出してくるんですね。エルヴィスの背景というのは、私にはジャズと重なって見えました。あの広大なアメリカ南部の同じような背景の中から出てきた人だと。いきなりジャズにズボッとハマったように今度はエルヴィスにズボッと(笑)。きっかけはまた米軍放送です。純粋に曲と声と、全部ね。それまでも米軍放送で当然ビル・ヘイリーとかハンク・ウィリアムスとかも聴いていましたが、私にはガチャガチャしたカントリーミュージックでした。でもプレスリーの「ハートブレイク・ホテル」は全く異質で、初めて「何、これ!?」というセクシーさがありましたね。危なげでゾクゾクするような若さと甘さと。最近ではブルーノ・マーズに同じような印象を受けました。音楽の評論を書いたのは、“何か”になりたかったんです。何とか自立して母を安心させたかった。母はお金を触ったこともないような人でしたから。その母が戦後、夫も息子も死んで、私を育て姉をお嫁に出さなきゃいけなくて。父は陶器や彫刻が好きで、家にも先祖代々の鎧や刀があったので、母はそれを売りながら私を育ててくれました。焼け残った目黒の家の2階を駒沢大学の学生さんの下宿にして。「とにかく高校だけは出してあげるけど高校を出たらお嫁に行って」っていうのが口癖。「女の幸せは結婚だから、どんな人と結婚するのかがあなたの一生を決めるのよ」といつも言われました。そのため私は何とか自立して収入を得て母を安心させなきゃいけなかったんです。(続く)

ゆかわ・れいこ

1936年生まれ。音楽評論家、作詞家。

第1回第2回第3回第4回

PHOTO/
SHINGO WAKAGI
TEXT/
KUNICHI NOMURA
EDIT/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS839号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は839号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.839
日本一の「お取り寄せ」グランプリ。(2017.01.13発行)

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