エンターテインメント

指輪とともに投げ捨てたホイットニーの輝かしき人生。

西寺郷太のポップ警察〜名曲・珍曲・捜査録〜

No. 830(2016.08.16発行)
こんにちは、星野道夫。
夫唱婦随のはずでした。1993年、まだラブラブだった頃に夫婦でデュエット。プロデューサーはボビーをブレイクさせたニュージャックウィングの生みの親、テディ・ライリー。

『サムシング・イン・コモン』 ボビー・ブラウン&ホイットニー・ヒューストン

1997年5月中旬、ホイットニー・ヒューストンは東京ドーム公演のため都内ホテルに夫ボビー・ブラウンとともに宿泊していました。この来日時、ホイットニーはコンサートのための体調管理を含め多忙を極めます。付き添いで来ていた亭主ボビーは、もともと日本でも彼の髪形や服装を真似したフォロワー「ボビ夫くん」が生まれるほど一世を風靡したスーパースター。しかしこの頃には、プライベートでの素行不良を積み重ね完全に低迷期に突入していました。結婚した92年、ホイットニーが映画『ボディガード』で女優として、そして主題歌「オールウェイズ・ラヴ・ユー」で天文学的なヒットを飛ばしたことが夫婦のバランスを歪ませたようです。元来遊び人のボビーは混乱の度合いをどんどん増してゆきました。この時も六本木のクラブ(噂によると〈ガスパニック〉)で、女の子たちと羽目を外して大騒ぎ。深夜、ホイットニーは夫を迎えに来たのですが、ホテルに帰るタクシーの中で大喧嘩が勃発。その勢いで渋谷から霞が関方面へ向かう首都高を走る車の左側の窓から、なんと激昂したボビーが50万ドル(当時のレートで5,800万円、3億円説もあり)もする結婚指輪を投げ捨ててしまったというのです。紛失場所に関しても天現寺だ、いや高輪だ、という証言が入り乱れ、すぐに日本人スタッフによる大捜索が行われました。当時はまだインターネットが浸透していなかったので、ほぼ口伝えの伝聞で広まり、僕が当時最初に聞いた時はなぜか赤羽でした(笑)。結局、東京の街のどこかに指輪は消えてしまいました。もしかすると、実は誰かが拾ったのかもしれませんが……。指輪を失った後、ホイットニーの輝ける人生は急速に悲劇へと転落。ドラッグに溺れ、泥沼離婚。2012年、ホテルの浴槽にて、コカインの影響による心臓発作で48歳の早すぎる生涯を終えました。何より悲しいのは愛娘ボビー・クリスティーナもまた、22歳の若さで浴槽にて、混合麻薬中毒と溺水、つまり母親と全く同じ亡くなり方をしたことです。ボビーは「娘はホイットニーに呼ばれたんだ。天国でずっと寂しかったから。そう思わなければ」と悲しみの淵で語っています。

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にしでら・ごうた

ノーナ・リーヴスのシンガー&ソングライター、文筆家。マイケルやプリンス、ワム!など80年代音楽に精通する音楽家。

edit/
辛島いづみ

本記事は雑誌BRUTUS830号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は830号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.830
こんにちは、星野道夫。(2016.08.16発行)

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