男の色気。
白髪が交じり、肌は疲れ、おでこもなんだか上がってきた。恐れるなかれ。ファッションはここからが本番。オトナだからこそ似合う、色や形や素材がある。さあ胸を張って言おう。「ぼくはおじさん」
男がオトナになるのは20歳じゃない。若い頃はまだたいして金なんてないし、朝は苦手だし、思考も高校生の頃とだいたい同じなのだから。少し変わったことといえば、2万円もするスニーカーも迷わず買えるようになるくらいだった。でも、ぼくがオトナになる時は、ある日突然訪れた。数本の白髪を見つけ、おでこが広くなっていたのだ。よく見たら肌もなんだか疲れてる! これがきっと、ぼくがオトナになった日。34歳だっただろうか。17歳くらいから馴れ親しんだ自分とお別れして、新しい自分に出会った。人によっては薬をつけたり髪を染めたりするのだろう。でも、そんなことをしたらオシマイだ。車に乗った白髪のオトナは太田伸志さん。デザイン会社を経営する38歳のクリエイティブディレクター。若い頃から日本酒が好きで、最近、唎酒師の資格をとったそうだ。この見た目で趣味が日本酒だなんて、断然素敵。紺地に細かい柄があしらわれたスーツは、白髪との相性もいいみたいだ。左は、スタイリストの加藤将君。41歳。15年来の友人だ。7、8年ぶりの再会は昨年11月の原宿駅前。髪が見事に銀色になり、昔よりも50センチ以上は長くなった。その姿はまるで長老。風格がハンパなかった。体調を崩してから酒をやめたそうで、体は引き締まり、昔よりも鍛え上げられている。その肉体に泳ぐ、ビッグシルエットの大きな生地は、若者には出せないオトナの存在感によってさらに魅力的に見えた。
オトナは清潔感が大事。若い頃のように汚らしい格好をしても、いいことは一つもない。でもその半面、男には味わいも必要だ。コーヒーを味わっているのは作曲家の中島ノブユキさん。若い頃からあまり変わらないというリアルに無造作なヘアスタイルは、脱力感があってまるで刑事コロンボ。そんな味わいと色気がある中島さんには、ここ5年以上トレンドになっているパジャマルックに、肌触りのいいガウンコートを。若者のピカピカな感じではなく、かっこいいオトナの風情が出ていた。駐車場に佇んでいるのは高澤敬介君。かつて『リラックス』という雑誌でともに働いたフリーの編集者。人知れず存在していた胸章、ロゼット(p.70の太田さんが胸元に着けている)を調べながら製作している第一人者でもある。彼はラフ・シモンズにモデルとしてスカウトされたのをきっかけにファッション業界へ入った。当時は長身で細くて甘いマスクだったけど、今では8歳の息子をもつ父親。苦労を重ねてきたせいか、最近はブルドッグのように渋い顔をしていた親父さんに、雰囲気が近づいてきた。それもあってか、オリーブドラブが似合い始めたようだ。金髪の欧米人の方が、この色の服とのマッチングは美しく、清潔に見える。でも、こうして髪の色のトーンや量が控えめになってくると、俄然、日本人でも似合ってくる。ボトムスには薄く色落ちしたブルーデニムも合うけど、グレーやベージュもいいのかもしれない。
肉体の変化に気づき、オトナっぽい格好をしようとした時、やけにギラッとした雰囲気にシフトする人がいる。あれは少し時代遅れなうえに、大抵の女性と若者から軽蔑の眼差しを注がれる。色気が出すぎるのだ。だからといって、デザインが強すぎる服を着るのもハリキリすぎて気持ち悪い。クラシックな服がやはりちょうどいいのだけど、今度は着こなしのワザが必要になる。控えめにデザインされたクラシックな服を選ぶ審美眼を持ちたい。そう思うとカラーやサカイは、おじさんに優しい。大抵の場合、クラシックな服をベースに都会的に仕上がっていて、おじさんの哀愁を、適切なオトナの色気へと変換してくれる。セットアップを着こなしているのは、広告の世界で働いている榎本賢治さん。細身だから、ゴワッとした少し弾力のある素材感の服も、無理なく重ね着できる。くせっ毛のボサッとした雰囲気とも良いマッチング。大抵、黒髪の日本人にオリーブドラブは重く見えるけど、自分に味が出てくると、いい雰囲気になってくる。それは、自然界に多い色合いだからかもしれない。額が広くなってきて、肌色の分量が増えてきたら、オリーブドラブを。イギリス人のようにパンツも同じトーンで揃えた方がすっきりしていい。ただ、若いアジア人がこれをやると、金髪の白人と並んだ時に、惨めな気持ちになるくらい似合わない。オトナになるまでは、クローゼットに寝かせておく方がいい。
酒やタバコをかっこよく嗜むことは、いつかの憧れ。上司、部下、恋人、妻からのストレスから逃れるため“なりたてのおじさん”は嗜好品をやめられない。時として酒に溺れ、吸いすぎ、喉が痛くなり、指の間までタバコ臭くなる。クズと呼びたくなるが、そんな姿に男の哀愁が宿る。ヘア&メイクアップの矢口憲一君は、嗜好品を愛してやめる気配も一切ない40歳。若い頃は70sファッションを好み髪も長かったが、今となっては頭頂部が薄い。愛称は、下町のテリー・リチャードソン。日々飲酒。だけではなく、側頭部を小まめにカットして、バランスと清潔さを保っている。そんな軽いヘアには、ダークスーツがよく似合った。ウイスキーロックを嗜む猪野正哉君は、20年近く昔『メンズノンノ』のモデルオーディションでグランプリを獲った元モデル。その驚異的な身体バランスは、横にいる女性を全員スタイル悪く見せてしまうほど。服なんてなんでも似合うけど、肌が疲れてきた彼には、ツヤのある開襟シャツ。下に丸首Tシャツを着れば、色気が出すぎず清潔感をキープできそうだ。生きていれば、男にはいろいろなことがあるだろう。でも体の変化に逆らうのは無意味だ。今の自分を楽しむのがファッション。自分ではない何かになろうとするなんてコスプレだ。「おじさん」と言われようが、それに抵抗するのは惨め。諦めて受け入れる。きっとそこから男の色気が始まるのだ。
- photo/
- Seishi Shirakawa
- text/
- Akio Hasegawa
- edit/
- Satoshi Taguchi
- styling/
- Akio Hasegawa
- hair | make/
- Kenichi Yaguchi
本記事は雑誌BRUTUS820号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は820号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。