書籍・読書

ご飯が進む、おいしい小説グランプリ。鈴木めぐみ × マッキー牧元

No. 815(2015.12.15発行)
夢中の小説。
全国のおいしいものを知り尽くしたマッキー牧元さん(右)も、鈴木めぐみさん(左)セレクトの珠玉のフルコースに、この笑顔。

おいしさの秘訣は、「文脈」というスパイス

スイーツから立ち飲みまで、オールジャンルで美食を追求し続けるタベアルキスト、マッキー牧元さんにとって、小説だってれっきとした食探求の場。今回は「食の本」を選ぶプロ、鈴木めぐみシェフが供する「おいしい小説フルコース」を食べにやってきた。果たしてお味はいかに? いざ実食!

鈴木めぐみ 
12冊のフルコース、お味の方はいかがですか?
マッキー牧元 
いや〜、素晴らしい! 食にまつわる本って、「おいしそうな表現」に目が行っちゃいがちだけど、今回の12冊は作家の食との向き合い方が見えてくるものが多くて、面白い。
鈴木 
私は仕事柄、レシピ本を読むことが多いのですが、料理書って料理家の「生きる哲学」が詰まってるんです。同じように小説の中にも、書き手の食に対する哲学が表れてるはずだと思って。
マッキー 
圧倒的なのは、田辺聖子の『春情蛸の足』。食を通して男女の恋模様を描く短編集だけど、スゴいですよ、これは。例えばここ、ちょっと読みます。「お好み焼きは多少の下品さがなくてはいけない。豚の脂がじんわり沁みわたったいかがわしさ」。いかがわしさっていうのがイイ!
鈴木 
いきなりスゴイですね〜。
マッキー 
主人公はお好み焼きが大好きなサラリーマンなんだけど、家族は上品志向でお好み焼きなんか好きじゃない。さらに部下の女の子たちに誘われてお好み焼き屋に行ったら、ワインがセットで出てきたり、コーンがのってたりして憤慨するわけ。
鈴木 
「こんなのお好み焼きじゃない!」ってね(笑)。
マッキー 
で、ある日、完璧なお好み焼きに出会う。それが「下品中の一番上品」なお好み焼き。僕も色々食べてて思うけど、本当にその通りなんです、お好み焼きは。下品すぎても上品すぎてもダメ。
鈴木 
関西が舞台だけあって、おいしいものがこれでもかと登場するのも食欲をそそります。
マッキー 
食べることが好きなんですよ、田辺聖子は。何万回も食べて、自分のうどん、自分のお好み焼きとか、そういうものに対してこうあるべきだっていう人生論を持ってる。だからこそ食べ物の真理を突いてるんだと思うな。
鈴木 
徹底的に向き合うという点では、いとうせいこうの『スキヤキ』も結構キテませんか?
マッキー 
これ、面白かった!
鈴木 
いとうさんがひたすら全国のスキヤキを食べ歩くという……。
マッキー 
これって『小説すばる』の連載でしょ? だからかな、回が進んでいくにつれて、表現がうまくなってくるんだよね。連載開始当初は「うまい」とか普通の感想なんだけど、徐々に「柔らかな網のような肉の向こうから、歯触りのよい野菜たちが現れ、口の中で暴れる」となってくる。
鈴木 
暴れるって、いいですね!
マッキー 
そもそもスキヤキの味って、店によってそう変わらないじゃない? でも同じものをずっと食べていくと、違いとか深さがわかってくる。その発見の過程と変化に面白さがあるんです。

味だけでは語れない料理の本当のおいしさ。

鈴木 
私は、直接的な食べ物の描写よりも、それを取り巻く風景や人々の描写から「おいしそう!」って思うことが多いんです。
マッキー 
それでいうとよしもとばななの『ジュージュー』が良かった。父のハンバーグ屋を継ぐ話だけど、ほとんどハンバーグの描写がない。でも読んでると、無性にハンバーグが食いたくなるよね。
鈴木 
洋食屋さんって、入ると油の匂いが立ち込めてたりするじゃないですか。そういう感じが伝わってくるんですよね。
マッキー
洋食屋のラードの匂い! あと、主人公のこの言葉が気に入った。「牛の中にあるほんとうのきらめき、命のエッセンスは、死んだ肉からは消えている。しかしそのかすかな力の匂いだけでも得たいから、人間は肉を食べるのだ」。こういうのもやっぱり真理だと思うんです、食べることの。
鈴木 
肉を食べずには生きていけない人間の宿命というか。
マッキー 
おいしい肉を本当においしく調理された時、僕は「命の滴りがある」と表現したりするんだけど、つまり死んだ肉の中に命の存在を感じるのね。命というのは食べたり、食べられたりするものなんだって、改めて感じた。
鈴木 
森沢明夫の『ヒカルの卵』も命を考えさせられる物語じゃないですか。主人公が、こだわりの卵かけご飯の店を開く話。
マッキー 
可愛がってた鶏が、1つだけ卵を産んで死ぬんだよね。それを卵かけご飯にして食べるシーンがね、すごくいい。
鈴木 
「甘めえな」って言いながら食べる場面、グッときます。
マッキー 
普段の生活で卵1個食べるのに「命をいただく」なんて思わないじゃない。でもこのシーンにはそれが満ち溢れてる。
鈴木 
素朴な料理でも、そこに強い思い入れがあることで、それが特別なものになるんですね……。
マッキー 
井上荒野の『キャベツ炒めに捧ぐ』に出てくる料理もそう。別れた男が食べてたあさりフライを作り続けるとか、ひろうすには絶対百合根を入れるとか。これも別れた旦那の好みだもんね。
鈴木 
惣菜屋を営む3人の女性が主人公で、日々、思い出たっぷりの惣菜を作るんですけど、どれもすごくおいしそうなんです!
マッキー 
伊吹有喜の『四十九日のレシピ』も料理が人をつなぐキーになってて、ジーンときた。
鈴木 
亡くなった母が残したレシピによって、バラバラだった家族の心が通っていくという話ですね。
マッキー 
中でもコロッケサンドのくだりが泣ける。お母さんが生前最後に作った料理なんだけど、それを受け取ったとき、お父さんが怒っちゃう。「ソースが沁みてカバンが汚れるだろ!」って。
鈴木 
それが最後の会話になったから、すごく後悔するんですよね。でも、そのコロッケサンドが残された家族の傷を癒やしていく。
マッキー 
最後の方に「レシピには治療薬という意味もある」っていう言葉が出てくるんだけど、本当にそうだな、と。人と人をつないで、元気を取り戻すきっかけをくれるもの。ああ、食べるっていいなって、しみじみ思ったな。
鈴木 
食べることの本質に気づかせてくれるのは、フィクションのいいところかもしれませんね。
マッキー 
最近はほら、食べログの点数とかだけを基準に「おいしい」が語られがちだけど、そうじゃないんだよね。思い出とか一緒に食べた人とか、そういうものとともに味が膨らんで、深みが増す。小説でいう文脈とか背景があって初めて、料理はおいしくなるんだなって、今回よくわかりました。
鈴木 
豊かな食との向き合い方、大切にしたいですね。
マッキー 
今日はごちそうさま!

鈴木めぐみ

1974年千葉県生まれ。食を中心とした雑誌の編集者を経て、食にまつわる本を扱うブックストア〈COOK COOP〉のブックディレクターとして勤務。現在は書店からは離れ、カフェの書棚のためのブックセレクトや食関係のイベントの企画運営を担当している。

マッキー牧元

1955年東京都生まれ。大手レコード会社に勤務するも、食への愛と探究心に導かれ、“タベアルキスト”に転身。雑誌『味の手帖』取締役編集顧問、ポテトサラダ学会会長などを務める。著書に『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)、『ポテサラ酒場』(辰巳出版)など。

photo/
Masanori Ikeda (Yukai)
text/
Yuriko Kobayashi
illustration/
Norie Ona
styling/
Chizu

本記事は雑誌BRUTUS815号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は815号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.815
夢中の小説。(2015.12.15発行)

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