旅と地域

温泉宿×フレンチが切り開く、新たな可能性。

わざわざいきたくなるホテル。

No. 806(2015.08.01発行)
わざわざいきたくなるホテル。
イチゴの中はカンパリのジュレ。山椒のパウダーがアクセント。

扉温泉 明神館

信州ダイニング〈TOBIRA〉。自家農園の野菜や、地の素材を使った日本料理が味わえる。
2008年〈ルレ・エ・シャトー〉に加盟。世界の一流ホテルの一員として認められた。

老舗の人気温泉宿が、十余年ぶりの大規模リニューアル。

松本市街から車を走らせること30分、標高1050mの地にある扉温泉〈明神館〉。その名を全国に広めているのが、地元食材と独自の発想で作るフランス料理。知る人ぞ知る美食の宿として、日本各地からファンが訪れている。

エスカルゴのソテーをホウレン草で巻き、手づかみで食べる。

腿肉、胸肉など伊達鶏の5つの部位をモリーユダケのソースで。

昆布締めした手長エビに、ナスタチウムを飾り鮮やかに。

オレンジのシブーストに竹炭入りのメレンゲを添えて。

浅間山の溶岩にあしらったイチゴの前菜に、草木に潜むエスカルゴ、切り株の上を泳ぐ川魚……。「お越しくださるお客様にドラマを、料理を通して非日常の世界を提案したい」と語る田邊真宏シェフ。その言葉通り、シェフの手がける料理はどれも、遊び心がふんだんにちりばめられたものばかり。見た目のインパクトだけではない。「地元の素材をどう取り入れ、どう活かしていくかがテーマ」と、地産地消を念頭に、自家農園で採れた有機野菜など地の食材を中心に使用。バターやクリームは極力控え、素材本来の持つ香りと滋味を最大限に引き出していく。

ダイニングのテラスで語らう齊藤忠政専務(左)と田邊真宏シェフ(右)。

〈明神館〉の創業は昭和6(1931)年。村長を務めていた先々代が湯治場として開業したのが始まりだった。自然との共存を身上に、いち早く自家農園で有機栽培に着手。まだエコの概念も浸透していない時代のこと、その先見性に驚かされる。自分たちの手で育てた野菜を調理し、残りは肥料として畑へ戻す。長い時を費やし豊かな土壌を作り上げてきた。とはいえ最高の素材も出番がなければ意味がない。薄川の源流に寄り添う山あいという立地、足を運ぶには付加価値が必要だ。宿の4代目、齊藤忠政専務は言う。「ここまで来てもらう必然性、それが田邊シェフの作るフレンチだと考えています」

田邊シェフが腕を振るうナチュレフレンチ〈菜〉。マクロビオティックメニューも対応。

料理のアイデアは、日常に落ちている自然から。なにげない風景にヒントを得ては器の上に四季折々を描き出す。例えば前述のエスカルゴは、雨の日に近所の山で見かけたカタツムリをイメージしたもの。下に敷いたホウレン草の葉と共に手づかみで食し、五感で味わうのが田邊流。確かな技量を背景に、フレンチの枠をさらりと超え、日本人の奥底にある郷愁と感性を刺激する。「おいしいのはもちろん、それ以前に楽しい料理を目指しています。ここでしか食べられないもの、オリジナリティ溢れる料理を提供していくことで、〈明神館〉で過ごす時間を特別なものにする。そうして常に進化していけたら」とシェフ。歴史に甘えることなく、前進を続ける。その心意気が、今なお新鮮なもてなしを叶えている。

深さ120㎝、半露天タイプの立ち湯〈雪月花〉。わさび沢と一面の緑を目の前に望む。
サロン〈1050〉。日中はカフェとして、バータイムはモルトやカクテルを提供。

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扉温泉 明神館

長野県松本市入山辺8967☎0263・31・2301。全44室。1泊26,070円〜。フレンチ、サロン、信州ダイニングが2015年4月リニューアル。WEBサイト

土産

田邊シェフ特製天然酵母パンや、ドレッシング、瓶詰、ドライフルーツケーキなど。

アクセス

松本駅から車で約30分。松本駅と宿を結ぶ無料シャトルバスを1日2便運行。

周辺情報

松本市街には、国宝松本城やまつもと市民芸術館、松本市美術館などがある。

photo/
Kenta Aminaka
text/
Etsuko Onodera

本記事は雑誌BRUTUS806号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は806号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.806
わざわざいきたくなるホテル。(2015.08.01発行)

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