音楽・ラジオ

片仮名の使い方 | 松尾 潔

風街研究所

No. 804(2015.07.01発行)
松本隆

松尾潔さんが作詞したEXILE「Lovers Again」(2007年)は、街でスカイブルーのマフラーを見つけて、別れた恋人を思い出すという設定。ベージュのコートが登場する松本隆作詞曲「ルビーの指環」(1981年)との類似点に気づいたのは最近のこと。「少年時代に刷り込まれたイメージが自然に出たのかも」と影響を隠さない。

松尾さんが稀代の作詞家・松本隆のヒットのセオリーを探る。

松本さんは70年代から洋楽のメロディへ、日本語の歌詞を乗せることに対し先鋭的なアプローチを実践されてきました。当初は作詞の喜びを追求していたのでしょうが、職業作詞家に転身されてからはヒット最優先の歌謡界で結果を残し、同時に日本語ロックの金字塔、大滝詠一さんの『A LONGVACATION』(81年)まで生み出しました。松本楽曲には、タイトルやサビに片仮名を使った作品が数多く見受けられますよね。思うに彼は、職業作詞家としてCMソングやアイドルの楽曲に関わる過程で、英語ではなくあくまで片仮名の“外来語”に自覚的になったのではないでしょうか。代表例として挙げたいのが、桑名正博さんの「セクシャルバイオレットNo.1」(79年)。この時は、化粧品のCMソングとして歌詞に広告コピーをそのまま入れることが必須だったと聞きます。サビは曲タイトルの連呼ですが、それこそが元の広告コピーというから驚きます。職業作詞家は時として制約がある方が書きやすいというのは、僕も経験上わかりますが、それにしてもこの事例は相当手強い。桑名さんの濃いめのキャラクターを踏まえ、コピーを中途半端な形ではなく前面に押し出すという荒業を繰り出した松本さんの作戦勝ちですね。あるいは松田聖子さんの「ピンクのモーツァルト」(84年)。松本流作詞術の特異さを際立たせるためにピンク・レディーの「サウスポー」(作詞:阿久悠)を引き合いに出しますが、彼女たちにはピンクの野球着が用意されました。いわば“挿絵付き”です。一方「モーツァルト」は、夏の恋を惜しむ途中、突如として楽聖の名前が登場する予測不能な展開。最強アイドル・松田聖子ゆえにハマったものの、誰が歌っても成立する歌詞ではありません。松本さんは歌い手のキャラクターと時代を見定める心眼をお持ちなのだと思います。

片仮名表記で届けられる 楽曲の情景や匂いたち。

松本さん流の片仮名使いは楽曲のシチュエーションや匂いをリスナーに届けるうえでも効果を発揮します。『ロンバケ』の「雨のウェンズデイ」。これは「雨の水曜日」でもよかったはず。しかしこの印象的な響きの曲名は、大滝さんの美声と相まって淋しげな浜辺の情景、潮の香りを想起させます。南佳孝さんの、「憧れのラジオ・ガール」(80年)。曲中で南さんは「レディオガール」と歌っていますが、タイトル表記は外来語“ラジオ”のまま。南さんの“アメリカンポップスに傾倒する日本人歌手”という存在理由を際立てます。
 
ド派手なタイアップ曲から、個人の恋愛観を反映させたような内省的で美しい曲まで。松本さんは実にバラエティに富んだ名曲たちを生み出してきました。しかしどんな曲でも一聴すれば“作詞:松本隆”と判別できるだけの強度と美意識に貫かれているのです。

まつお・きよし/音楽プロデューサー、作詞家。EXILEをはじめ、平井堅やCHEMISTRY、JUJUなどの作品を手がける。好評を博した音楽エッセイ集の第2弾、『松尾潔のメロウな季節』が発売中。

text/
Katsumi Watanabe

本記事は雑誌BRUTUS804号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は804号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.804
松本隆(2015.07.01発行)

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