建築・インテリア

アートを飾り、音楽を奏でる“完璧な”遊びのための家。

手がかかる部屋。

No. 800(2015.05.01発行)
居住空間学2015
コンクリートのエレベータータワーがリビングとダイニングを分ける3階部。コンクリートは型枠パネルの溝挽きで質感を出した。写真正面に飾られている版画はジョルジュ・ルオー。ガラスで囲まれた部分がロフト。
奥行きの長い敷地を活かし、スペースを横長に確保したダイニング。吹き抜けの壁に飾られている写真はメキシコの教会建築の装飾を大判カメラで写した尾形一郎、尾形優の「ウルトラバロック」シリーズの一枚。
天井高5mのリビングは中原さんが最もこだわった空間。趣味の弦楽器を演奏する「音楽の場」でもある。壁の彫刻は戸谷成雄。
ガラスのロフトに至る鉄の階段。収納の表板は木目が美しいニューギニアウォールナットで、この家の随所で使われている。
1階の面積の半分を占める広々とした玄関ホール。「来訪者と言葉を交わせる玄関の寄り付きは必須。会話が大事」と中原さん。
キャビネットはイギリスのアンティーク。右上の枠のないキャンバス地の作品が、夫婦の最初のコレクション、クロード・ヴィアラ。
2階の寝室の裏側に設けられた茶の間。「お客さんが来る居間とは別に、家族がくつろぐ茶の間は絶対に必要」
夫婦の机が背中合わせに並ぶ1階の書斎。この書斎と玄関との間に、2万冊を収める可動式の書架がある。
リビングの一角。ピンク色の大きな抽象画は松本陽子。「アートのことを話している時が一番楽しい」と中原さん。床材は100年ほど前に納屋の梁や柱で使われていたアメリカンオーク。堅く音の響きがいい。

絵の一枚もない家なんて、考えられない。

 住人の中原洋さんは編集者。建築やアートを中心に扱い、これまで数多くの住宅を見てきた。31歳で建てた最初の自邸「大和町の家」は、打ち放しコンクリートの荒々しい壁面を持つローコスト住宅で、後の都市住宅の在り方にも大きな影響を与えた家だった。30年以上住んだその愛着のある家を売りに出し、中原さんが「完璧な老後のための家として建てた」というのがここ「阿佐ヶ谷南の家」だ。
 敷地は青梅街道沿い。コンクリートの四角い箱に巨大なガラスが組み合わされた、極めてモダンな家である。設計は小川広次。老後の、という言葉のイメージとは随分かけ離れているが、車椅子でも回遊できる動線をはじめ、間取りや設備は万が一のその万が一を徹底的に考えて作られている。と同時にこの家、中原さんの家に対する知識と理想が詰め込まれた、“完璧な”遊びのための家でもある。
 中原さんの趣味は弦楽器。ビオラ・ダ・ガンバやチェロ、マンドリンを午前中に2時間、時には夢中になって6時間近く弾くこともある。仲間を招いてゆったりと演奏を楽しめる「音楽の場」は、彼が建築家に提示した家に求める要件の一つで、天井高5mのリビングはその「音楽の場」として造られている。国内有数の音楽ホールを手がける永田音響設計がスタッフに加わっているというからさすが、綿密に練られた音の響きは素晴らしく、ここが大通り沿いの、個人の家であることを忘れさせてくれる。正面には、ポストモダンの代表旗手、ロバート・ヴェンチューリのデザインによるソファがポツリ。「直線の空間に柔らかな曲線を合わせたかった」と中原さん。ソファと楽器、そして縦長の窓から差し込む光だけがあるような、美しく象徴的な空間だ。
 もう一つの趣味はアートフランス現代美術家、クロード・ヴィアラの作品から始まった夫婦のコレクションは、写真や彫刻、古美術も含め、200点余りになる。
「若い頃に月賦で買った絵もあるし、無名の頃から応援してきた作家の作品もある。骨董屋で見つけた1万円の油絵だって面白いと思えば大事に飾っている。それは、人生をいかに楽しむかということとも関係していて、絵の一枚もない家なんて僕には考えられない」
 ちなみに、この家を建てるに至った事の始まりは2万冊を超える蔵書の多さで、懸案だったその本は、1階の3分の1を占める可動式の書架に収められている。実はこの家、全体で見ても床面積の3分の1が収納。「しまうところがないと、きれいに暮らせないでしょ」と中原さん。造り付けの収納家具には、読み終えた新聞を溜めておくスペースまで用意されている。だからこそ、リビングでもダイニングでも、キッチンでも寝室でも、アートが映える。
 建てて11年、家に不都合はないが、目下、改装を計画中。ロフトのゲストルームを茶室にしつらえたいという。それもまた、中原さんの新たな遊びになりそうだ。

中原 洋

編集者

東京都杉並区

1935年広島県生まれ。コピーライターとして活動後、ライター、編集者に。最初の自邸「大和町の家」の設計は室伏次郎。近著に「阿佐ヶ谷南の家」造りの顛末をまとめた『体験的高齢者住宅建築作法』がある。妻の道子さん(写真右)は東南アジア史が専門の学者で早稲田大学名誉教授。

photo/
Tetsuya Ito
text/
Tami Okano

本記事は雑誌BRUTUS800号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は800号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.800
居住空間学2015(2015.05.01発行)

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