エンターテインメント

クローネンバーグとベケットの刈り上げ。

滝本誠のCAFÉ NOIR

No. 797(2015.03.16発行)
あなたにふさわしいモード。

 前回紹介したデイヴィッド・クローネンバーグの小説『CONSUMED』(どこか邦訳を是非に!)には、サルトル、ボーヴォワールから、フィリップ・K・ディック(の『聖なる侵入』)まで、実に多ジャンルから多くの人名がゾロゾロと登場しますが、たとえば、アイルランドの作家、サミュエル・ベケットなどの人名の登場は、あきらかにクローネンバーグの知的趣味、嗜好をそのままぶち込んだ印象があります。というのも、クローネンバーグの過去監督作『スパイダー 少年は蜘蛛にキスをする』の主人公の髪型など、ベケットの髪型そのものでした。小説でも、ベケットの髪型に触れていて、よほど気に入っていたことをうかがわせます。こういった時のヒロインの感想は作者のストレートな感想、代弁となっているわけです。ベケットは顔とソフトな剃り上げが彼の書く削り落とし文体を象徴しています。
 クローネンバーグ(のヒロイン)が、ベケットの髪型の印象とともに触れている作品が『クラップのラスト・テープ』です。老いぼれ健忘症気味で、多くのことを忘れ果てていくクラップは、これまで備忘録めいたことどもを吹き込んできたテープ(書かれた1958年当時はオープン・リールですね)の中から、30年前のテープを再生し……。
 ダブリンでジョン・ハートが一人芝居を演じた、とクローネンバーグは書いていたので、映像化されているかな、と調べるとDVD−BOX『BECKETT ON FILM』(写真)に同じジョン・ハート主演版が収録されていました。映像化にあたっての演出は、クローネンバーグの同郷、カナダ人監督アトム・エゴヤン。これは嬉しいのか、悔しいのか? というのも、クローネンバーグは自分で演出したかった、とも思えるからです。
 多くの演出家、有名俳優(『カタストロフィ』のサー・ジョン・ギールグッドが鬼気迫る)がベケット映像化プロジェクトに参加していますが、もっとも興味深かったのは現代美術畑のデミアン・ハーストが『息』を演出。うなりとも叫びともつかぬ〈声〉というか〈息〉だけが、きれいなデミアン調ゴミ山空間に流れる、45秒の作品ですね。

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たきもと・まこと/発売中の『フィルム・ノワール ベスト・セレクションフランス映画篇』に寄稿。

本記事は雑誌BRUTUS797号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は797号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.797
あなたにふさわしいモード。(2015.03.16発行)

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