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歴史が堆積して、デザインは肉体となる。|榮久庵憲司

TOKYO80s

No. 796(2015.03.02発行)
ロンドンで見る、買う、食べる101のこと。
PHOTO / SHINGO WAKAGI

榮久庵憲司(最終回/全四回) 

デザインを人に伝える、それをこの年までずっと本業でやっています。デザインの意味を伝えるには、必ず具体的に仕事をしなければいけない。例えばキッコーマンの卓上醤油ビン。こんな小さなお醤油差し。あれは、1961年に発売されたプロダクトですが、作るのは3年前から始めたんですよ。そうするといまだに変わらず。普通、自動車だったら2、3年で変わる、変えますでしょう? 醤油差しは1961年発売から今まで変わらずです。これまでずっと、デザインの意義を人に伝えようとやってきました。デザインの意義は簡単なんですよ。便利が良いもの、そこまではビッグデータで簡単にできるんですが美しいものはビッグデータで絶対にできない。そこがデザインなんです。問題は、今ビッグデータが何であるかがまだ一般的に知られていないので、それを知らせて最後に美しいカタチをね。最近ではちょっとモノが余りすぎて外国へ行く必要がないって、留学する学生の数も少なくなってきています。興味がないみたいなんですね、何でも日本で買えるということで。そうやって日本のデザインの質が世界的なレベルから下がってきたと思います。それこそバブルが壊れるまで、ある程度はキープしていたんですよ。カメラにしてもトランジスタにしても。しかしそれが崩れてしまった。作り方は簡単ですから、韓国でも中国でも作れちゃうんですよ。デザインを取り戻すためにはどうしたら良いのかが、今の最大の問題です。今までの85年というものを一言でと言っても難しいですが、あえて言うならば武士道でいう忠孝。武士道も、何百年かの歴史の中で堆積して肉体となったと思うんです。そうすると、デザインも忠孝と同じくらいに実感できるまで、ちょっと時間がかかるんじゃないかなと思うんです。デザインを忠孝と同じように肉体化できるように、自分自身の生涯を捧げられるかということです。自分の人生の中で必ずできると思っているわけではないですが。人生とは、生まれるというのは簡単に言えば勝手に生まれてくるわけですが、死ぬ時にどういう意味をもって死ぬかが唯一の自由なんです。死ぬ時にこういうふうに死にたいというのが唯一、与えられた一生の仕事なんです。デザインを徹底的に最後まで必要だ、必要だと論じながら倒れていけば、その死に方の良い意味で最前線にいることになると思っているんです。(了)

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榮久庵憲司
えくあん・けんじ/1929年生まれ。GKデザイングループ会長。世界デザイン機構会長。

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SHINGO WAKAGI
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KUNICHI NOMURA

本記事は雑誌BRUTUS796号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は796号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.796
ロンドンで見る、買う、食べる101のこと。(2015.03.02発行)

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