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インダストリアルデザインは、モノの民主化運動だった。|榮久庵憲司

TOKYO80s

No. 795(2015.02.16発行)
次は誰? 明日を切り開く人物カタログ。

榮久庵憲司(第三回/全四回)

インダストリアルデザインという言葉を知ったのは広島で、確か昭和24(1949)年です。広島の米軍の宣伝部が作った図書館があったんですよ。その図書館で、本が見たいって言ったんです。僕のつたない英語で「Show me many plenty picture」って、絵がたくさんあるものが見たいと。そしたら出してくれたのが「アーキテクチャー」という本で、かじりつくように読んでいると、NYの近代美術館で、初めてグッドデザイン賞に表彰されたモノの記事が載っていた。それがジープ。ジープこそ、今回の大戦において最も働いた存在だと。ジープのおかげで米軍は勝ったんだよって。それゆえ、NY近代美術館ではグッドデザインの第1号に表彰するという記事が載っていたんですよ。それが非常にショッキングでした。確かに終戦の頃、ジープが来て、四輪駆動ですから、焼け野原を大地が凸凹している場所でも動く。そういうことで走り回っていたんですよ。ジープが表彰されたということを機会に、私の望んでいる世界がインダストリアルデザインの世界だと気づいたんです。私は大学に入った時代、右翼左翼をフラフラしていました。当然ですよね。当時は「天皇陛下、万歳とは何事だ」という派と、「天皇陛下、万歳」という派と、フラフラするわけですよ、国中が。そういう中でコミュニズムを考えなければ、インテリゲンチャーにあらずというようなことを言われる風潮が嫌で、そこでインダストリアルデザインに出会ったんです。というのは、それは大量生産です。大量生産ということは誰でも買えるんです。つまりモノの民主化、モノは誰でも買える、お金があれば何でも買える、美しいモノも、全くそうでないモノも。そういう意味で美の民主化でもある。アメリカのデザインでは、鍋の中にも美があるということなんですよ。鍋は安いものです。だから鍋を買うということは、そうやって安く美を買って、ぶら下げておけるということで、美の民主化が起こったわけです。モノを買えることと、美を持てること。デモクラシーやイデオロギーをはっきりと理解できました。だからコミュニズムになるわけでもなく、むしろデモクラシーを代用するものがインダストリアルデザインじゃないかという、はっきりとした結論に至ったんです。これこそ自分の生きる道であると。それから自分の人生が始まりました。(続く)

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榮久庵憲司
えくあん・けんじ/1929年生まれ。GKデザイングループ会長。世界デザイン機構会長。

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photo/
SHINGO WAKAGI
text/
KUNICHI NOMURA

本記事は雑誌BRUTUS795号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は795号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.795
次は誰? 明日を切り開く人物カタログ。(2015.02.16発行)

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