書籍・読書

"目立ちたい"という欲望には恥じらいを持って。

BRUTUSCOPE

No. 794(2015.02.02発行)
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松尾スズキが10年ぶりに執筆した長編小説、ついに刊行。

 次に長編を書くのなら、子役の世界を書いてみたいと松尾スズキさんが思ったのが実は10年以上前。子役出身の俳優と対談し、俳優養成所内の厳格な上下関係や、一部の人間だけが生き残る残酷な社会に興味を持ったのがきっかけだった。
「この10年の間に僕も実際に芸能界を見てきた。子役の世界に代表される特殊な芸能社会に、サラリーマンを引き込んでみたら、自分流のサラリーマン小説が書けるんじゃないかと思ったんです」
 さえない中年・倉本恭一はあることをきっかけにテレビに出たいという思いを募らせる。恭一以外にも滑稽なほどテレビ出演に固執する人物がたくさん登場し、事はこじれていく。
「“目立ちたい”という欲望は、三大欲求の次に挙がるんじゃないかと思うんです。表現欲も突き詰めれば“目立ちたい”という思い。テレビに映ってみたい、という誘惑は格別なものだと思う」
 かくいう松尾さんのテレビ初出演は、上京したての頃。唐十郎さんの芝居の観劇後に、偶然声をかけられた街頭インタビューだった。
「漫画家になりたかったくらいなので、テレビに対する思い入れはなかったんですが、その日家に帰ったら自分が映っていて、すごくドキドキしましたね(笑)」
 中年たちのドタバタ劇と並行して、恭一の娘、小学5年生のエリカを取り巻く閉塞した子供社会、ネットの暴力、冷めた夫婦関係など、ヒリヒリする社会問題も巧妙に織り込まれている。
「自分探しじゃなくて、それぞれの人物の居場所探しの物語なんですよね」
 中盤以降はバイオレンス要素が加わり、息をもつかせぬ展開 重層な小説第1作の『宗教が往く』とは対照的。爽快感のある新たな松尾ワールドが生み出された。演劇や映画の仕事もしているため、執筆はたびたび中断せざるを得ず、小説完成には足掛け4年かかった。新聞連載中に撮った監督作品『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』は4月に公開されることに。こちらは、東京を逃げ出した青年が田舎で所持金ゼロ円生活をするというサバイバル物語。一見物静かだが、松尾スズキの頭の中はいつもわちゃわちゃと数年先の新しいチャレンジが企まれている。

『私はテレビに出たかった』

テレビとは無縁の生活をしていた43歳のサラリーマン・倉本恭一。妻と小学5年生の娘を養いながら、無難に真面目に生きてきた。あるときテレビに出演するチャンスが訪れ… やがて恭一の過去、娘に迫る恐ろしい事実が発覚する。朝日新聞出版/1,800円。

photo/
Tomoyo Yamazaki
text/
Tomoko Kurose

本記事は雑誌BRUTUS794号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は794号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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