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白人の先生にお尻を叩かれたのを覚えていますよ。|榮久庵憲司

TOKYO80s

No. 793(2015.01.13発行)
夢の値段2015
PHOTO / SHINGO WAKAGI

榮久庵憲司(第一回/全四回)

 東京の豊島区生まれですが、小さい時にハワイに行きました。父が海外布教に行ったんです。白人と移民の間にゴタゴタがあった時に調整するとか、日本の移民がハワイに行った時に生活が規則正しくできるかとか。コミュニティをちゃんと作れるようにと。そういうことは宣教師とか開教師とかでなければできない。向こうの白人のボスにも尊敬されなければいけないんですよ。5年くらいいました。ハワイでは白人だけではなく中国人もフィリピン人もいる、不思議な混合民族の中で育ったんです。フィリピン語や現地人語、ポリネシア語だとか、英語はもちろん、それらを片言交じりでコミュニケーションをとっていました。午前中はパブリックスクールというハワイ州の英語の学校、午後は1時間、日本語学校に通いました。パブリックスクールは色々な国の人たちがいました。宿題をして、理解できていないと白人の先生にお尻を叩かれたのを覚えていますよ。並んでね。パンパンパン、はい次、パンパン。食事はコンビーフと野菜を炒めたものなんかを食べていました。だから洋食が基礎の味です。今の若い子たちの、ラーメンが基礎の味みたいな(笑)。あとは果物をいっぱい。バナナは普通に生えてましたし、ちょっと頑張ればココナッツも木に登ればとれる。自然が人を養うという感じでしたね。もちろん朝食や夕食もとっていたけれど、母の作ってくれたものは覚えてないんです(笑)。記憶に強いのは12時頃に着く、チャイナクリッパーというホノルル発の米国定期航路を飛ぶ飛行船。ただ遠くから見ているわけではなくて、飛んでくるやつを見ているわけですから、それが唯一、時代の新しさに繋がって見えました。あと写真を父親が好きでよく撮っていて、その写真を見て、その当時を記憶に焼き付けていました。写真がなかったら何も覚えてないわけですから(笑)。そういうことでハワイの風俗が記憶に残っています。あとは父親がT型フォードを購入して、車の後ろに乗せられたことを覚えています。何を覚えているかといったら、レザーの臭いですよ。それと、ガソリンの臭い。レザーとガソリンの臭いがちゃんこになって、大変良い臭いだと思っていました。T型フォードとかカメラとか、そういうものを父親として、日本から見れば新しい世界だと思ったんでしょうね。機械がそういうわけで好きになりました。(続く)

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榮久庵憲司
えくあん・けんじ/1929年生まれ。GKデザイングループ会長。世界デザイン機構会長。

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KUNICHI NOMURA

本記事は雑誌BRUTUS793号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は793号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.793
夢の値段2015(2015.01.13発行)

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