小林薫と葛西薫。旧知の2人が盃を酌み交わし、食の思い出を語り合う。
繁華街の路地裏にある飲み屋で、数年ぶりに再会した2人の"薫"、小林薫と葛西薫。約20年前、主演する舞台の宣伝デザインを小林さんが葛西さんに依頼してから、2人の交流は続いている。2人が語る食の思い出が浮き彫りにするのは、それぞれが辿ってきた人生の味わいか。
- 葛西薫
- 『深夜食堂』のために料理は練習したんですか?
- 小林薫
- 何回かやりましたけど、撮影は本番一発主義なので、いつも一発に懸けるんです。男の料理はそんな細かいところにこだわっちゃ駄目だって、開き直ってるんですけど。
- 小林
- いかにもなふうにやってますけどね(笑)。フードスタイリストの飯島奈美さんが作る料理は、昔お母さんが出してくれたようなものを丁寧に作るだけ。だけどなぜか旨いんです。今の料理は足し算が多くて、昔ながらのシンプルな味がうれしいのかもしれません。
- 葛西
- その話で言うと小学生の頃、朝のラジオ体操から家へ戻ると、釜で飯が炊かれてるんです。だいたい焦げが付いていて、それをただ塩で結んで食べるんですね。それが本当に旨くて。思い出の味は、その時の塩結びです。それだけで十分だった。
- 小林
- 僕もお釜にこびりついてるお焦げを兄弟で取り合いました。時代ですよ(笑)。
- 葛西
- 本当に貧しかったの(笑)。小林さんの思い出の料理は何ですか?
- 小林
- うちの親父が薄焼きのお揚げを炙って、醤油をちょっと垂らしてよく食べてたんです。それを一回つまんだ時、「これはお父さんのつまみだ」って注意されて。でも子供心に旨かったんですね。思い浮かぶのはそのお揚げさんです。京都でよく出てくる菜っ葉とお揚げの炊いたんも、お袋がよく作ってた気がしますね。食べると蘇ります。葛西さんは北海道だと鮭ですか?
- 葛西
- 鮭もそうだけどニシンですね。身欠きニシンもよく食べたけど、たいてい焼いて食べてました。あとサンマやハタハタも忘れられないな。
- 小林
- 当時、京都は生の食材が入ってこなかったので、一夜干ししたハタハタが北前船で日本海側から運ばれてきてたんです。ハタハタは意外と京都では一般的な食材でしたね。カチンカチンになった棒ダラも入ってきました。
- 葛西
- カチンカチンといえば、干したコマイ(氷下魚)を木槌で叩く音が、夕暮れ時になるとあちこちから聞こえてくるんです。そうやって身をほぐしてサラダオイルと醤油をちょっと垂らして、親たちは酒の肴にしてましたね。あれもおいしかった。
- 小林
- 固いんですよね、あれ。
- 葛西
- 木槌で叩くとふわーっと匂いが漂ってきて、猫が寄ってきたりするんです。
- 小林
- ラムは食べませんでしたか?
- 葛西
- ジンギスカンですか? 嫌というほど食べましたよ。脂が散るから下に新聞紙を敷くんだけど、子供心に生活感あるなあと思いながら食べてました。だから北海道時代に食べたジンギスカンはおいしい記憶がなくて、初めておいしいと思ったのは東京で食べた時なんです(笑)。ものすごくおいしかった。
- 小林
- 京都はサバが多かったですね。昔の京都は各町内に必ずサバの棒寿司を作るお店があって、面倒なお母さんは子供が運動会だ遠足だというと、それを適当に切ったのを弁当に持たせたんです。子供からすれば手抜きじゃんって(笑)。(お店が出したナポリタンを食べて)僕らが学生の頃、深夜喫茶で食べたナポリタンもこんな味でしたよね。
- 葛西
- レスカ(レモンスカッシュ)と一緒に頼んでね(笑)。懐かしいな。
- 小林
- シンプルなケチャップ味。イタリアの人が食べたら「これはスパゲッティじゃない」って言うようなやつですよ(笑)。あの頃はスパゲッティというとナポリタンかミートソースの2種類しかなかったじゃないですか。今はペンネだ何だといろいろあるけど、当時はお腹が減ると、こういう味のナポリタンを喫茶店でよく食べてましたね。
- 葛西
- 僕はナポリタンがなんか照れ臭くて。男はミートソースっていうイメージがあった。何でだろう? 赤いからかな(笑)。
- 小林
- でも年を取って、スパゲッティをパスタと言うようになったり、ちょっとお洒落なお店に行くようになったりしても、次第にボロが出てくるでしょう? たぶん30代、40代と無理してたんですね。確かに有名なレストランで食事をして、おいしいと思う自分もいるけど、結局小さい頃に食べた味がベースにある。戻るのは昔の味なんです。
- 葛西
- きっと誰でもそうですよね。
- 葛西
- それが気後れしてどこも駄目なんです。行きつけのバーを作ろうと思いきって一人で入ったことがあるけど、そのうち誰も相手にしてくれなくなって、で、僕は忙しいふりをして手帳を出したりして……(笑)。自分には向いてないんだなと。そんなこんなで一人ではなかなか行けなくて。
- 小林
- 一人は駄目ですか? 一人で行けるのが大人っていうイメージがあるじゃないですか。さすがに一人で焼肉は無理だけど、カウンターバーなら僕は一人でも行けますね。
- 葛西
- 一ヵ所だけ、行くとママが必ず荒木一郎を掛けてくれるバーがありましたけどね(笑)。もうなくなっちゃいました。唯一の思い出かな。行きつけてないから、常連さんたちと話が弾んでくるとドキドキしちゃうんです。
- 小林
- じゃあ一人で行ける人にならないとね。葛西さんももういい大人なんですから(笑)。
- 葛西
- そうですよねえ(笑)。
葛西 薫
- photo/
- Satoko Imazu
- text/
- Yusuke Monma
- hair | make/
- Atsushi Momiyama (Mr. Kobayashi)
- special thanks/
- costume coordination/ENGINEERED GARMENTS (Mr. Kobayashi) special thanks/Kibi
本記事は雑誌BRUTUS793号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は793号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。