エンターテインメント

乱読する。|林家彦いち

No. 792(2014.12.15発行)
読書入門。

そこにしかない物語に心をかき立てられる。

カヌーでのユーコン川下りやシルクロードの旅など、冒険に満ちた旅に出かけたり、趣味の域を超えた熱心さで釣りに挑んだり。落語界きってのアウトドア派としても知られる林家彦いちさんは、常に数冊の本を携えて移動する多読家。読書体験は自身の落語と密接につながっている。

 釣りやカヌー、カヤックが好きだったり、大学時代に空手をやっていたりしたものだから、僕のことを根っからの体育会系の人間だと思ってる方も多いようなんですが、実はスポーツマンにはほど遠い(笑)。体を動かすことは好きだけど、むしろそこで出会う情景や物語に惹かれるんですよね。そういう意味では、僕にとってアウトドアや格闘技と、本を読むこととは、同じ線の上にあるものだと思っています。
 本はおそらくかなり読む方。ジャンルや国内外を問わず、気になったものはどんどん買いますね。よく読む本にはいくつかのテーマがあって、一つは、ライフワークにしたいと思っている釣り。それから昔から興味のある神社について書いたものや、今自分で亀を飼っているので亀にまつわる本、あとは旅行記や民話もよく読むし、ハードボイルドにはまった時期もあったな……。若い頃はナンセンスSFが好きで、噺家になった初めの頃に作った落語は強く影響されていました。そんな具合に、ともかくものすごい乱読なんです。
 読むのは大抵移動中。仕事柄、新幹線や飛行機での移動が多いので、Kindleとほかに1、2冊を持って出かけます。空き時間に近所の喫茶店で読んだりすることもあるけれど、家で読むことはあまりない。家だとどうしても「あ、あれやらなきゃ」って思い出しちゃうから(笑)。邪魔が入らない環境で読んでいますね。
 今日は最近読んでた本をひとつかみ持ってきたのですが、乱読なので時期によって本の傾向はまちまち。あえて共通点を探すとしたら、やっぱり最初の話と同じで、そこにしかない物語に出会える本ということになるのかな。それは魅力的な人の書いた本、ということでもあるかもしれない。突飛でも馬鹿馬鹿しくても、「この人が書くとものすごく説得力がある!」というようなフレーズやエピソードがそこにはあって、すごく心をかき立てられます。
 落語家って、実はそれと同じことと日々戦っているんです。特に古典落語って、同じ噺を大勢の落語家が演じますよね。それなのに、ある人のは面白いけど別の人のはそうでもないとかってことがある。それはもちろん、おのおのの演技力の差もあるだろうけれど、実際に食べてまずかったとか、実際に出かけて恐ろしい目に遭った、というような体験のストックから来る説得力の差なんだと思うんですよ。面白い人、面白い生き方、面白い出来事。本を読むとき、僕は活字を通じてそれを体験したいんでしょうね。

ここ最近、気の向くままに読んでみた8冊。

1 『K体掌説』 九 星鳴 文藝春秋/1,450円

2 『釣師・釣場』 井伏鱒二 講談社文芸文庫/1,300円

3 『怪獣記』 高野秀行 講談社文庫/660円

4 『トラウト・バム』ジョン・ギーラック/著 東 知憲/訳 つり人社/2,200円

5 『浮世だんご』 三遊亭金馬 つり人ノベルズ/950円

6 『考える練習』 保坂和志 大和書房/1,600円

7 『リクガメの憂鬱』 バーリン・クリンケンボルグ/著 仁木めぐみ/訳 草思社/1,900円

8 『昭和の劇 映画脚本家・笠原和夫』 笠原和夫、絓 秀実、荒井晴彦 太田出版/4,286円

1は個人的にも親交の深い夢枕獏のペンネームによるショートショート。「内容はもちろん、文字組みなどにも工夫があって、本ならではの楽しみがある」。2、4、5はどれも釣りに関わる本。「といっても三代目金馬師匠の5は、半分は落語の話。釣りに行っても実にくだらないことを考えています。最近では開高健さんの『私の釣魚大全』も読みました。釣りの名随筆は、うまくいかない日の釣り(笑)。釣れない時のあの切なくキツい感じがいい」。3はUMA(未確認動物)を探すノンフィクション。「トンデモ旅の連続に爆笑!」。人からの薦めも読書のきっかけで、6はその一つ。亀関連の書籍の中でも7は「出色の出来」の小説。8の作者は『仁義なき戦い』の脚本家

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林家彦いち

1969年鹿児島県生まれ。89年初代林家木久蔵に入門。2002年真打昇進。新作落語でも人気が高く、叙情的作品からSFチックな作品までかなりの幅。自らの冒険譚の数々も爆笑噺になる。近々の高座に12月22日『大名古屋らくご祭2014 真冬の・夏の噺』など。

photo/
Katsumi Omori
text/
Sawako Akune

本記事は雑誌BRUTUS792号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は792号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.792
読書入門。(2014.12.15発行)

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