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純情のふりをしてたら、ジュンちゃんって呼ばれてね。|佐々木 忠

TOKYO80s

No. 790(2014.11.15発行)
進撃の巨人
PHOTO / SHINGO WAKAGI

佐々木 忠(第二回/全四回)

 卒業してから6月までは何もせずフーテンをしてました。当時は勤めなきゃいけないっていう時代じゃなかったんですよね。子供は親の仕事を継いで、2人いたら2人で分けて、勤めに出るというのは特別な、東大とかいいとこ行っている人間がするもので。だから僕は何にもしてなかったんですが、あのーちょっと仕事したいって言ったら親が5万円くれて。今の50万円ですね。僕はね、その頃みゆき族だったんですよ。みゆき通りにすごく関心があって。それで文明堂っていう菓子屋があるんですが、その場所にルナっていう洋品屋があって外国の服を売っていた。ナイロンみたいな生地のスポーツウェアとかね。で、そこで見つけたんですよ、水着を。今の奥さんとスケートしたりして遊んでいる時に。水着を見て「僕はこれをやろう」って思ってね、この商品を2800円くらいで買ってみて、自分で980円ぐらいで作ったら売れたんですよ。6月で水着は全部売れました。2ヵ月で夏が終わって、その後何をしようかなってね(笑)。で、次はベスト。最初は10着くらい。チェックの生地を買って、後ろをニットにすれば機能的じゃないですか? 前から見れば布帛の柄、後ろが機能素材って感じで、その時は新鮮だったんです。日本にまだメンズファッションがなかったから売れたんです。もともとね、最初に男性に赤い服を着せたのは僕なんだよ。ちょっと変わっているんだよ僕は。ブランド名JUNにしたのは6月の意味であるJUNEからなんて言われますけどね、いろいろ理由があるんです。佐々木忠でしょ。チュウとか、何とかチュウっていうと別の会社みたいだし。僕が6月生まれっていうのと、あとうちの奥さんの親父のお兄さんが大使で、その関係で国連で常務理事か何かをやっていて、国連に入る前に努力をした人なんだけどジャパン・ユナイテッド・ネーションでJUNだよね。それから僕が純情だからJUN。純情のふりをしてたからジュンちゃんジュンちゃんって本当に女の子が言ってて。そうじゃないと、いろいろ教えてくれないからね(笑)。でも本当はね、新宿の駅前に和田屋っていう店があって、人気だったんですが、そこの人にVANっていうのがあるから、あなたはJUNにした方がいいよって。JUNにしたら6月生まれだしJUNちゃんにしたらどうかっていうアドバイスを受けたんです。それが一番大きいですね。(続く)

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佐々木 忠
ささき・ただし/1932年生まれ。JUN GROUP会長。アパレルブランドJUN、ROPÉを創設。

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SHINGO WAKAGI
text/
KUNICHI NOMURA

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進撃の巨人(2014.11.15発行)

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