人生仕事

僕は人生観のない、さすらい人なんです。|佐々木 忠

TOKYO80s

No. 789(2014.11.01発行)
男の定義
PHOTO / SHINGO WAKAGI

佐々木 忠(第一回/全四回)

 生まれは台東区の根岸です。三軒長屋の角の家で、前が髪結いさんで周りには芸者屋があってね。三味線の音が聞こえると落ち着く、下町の人間として育ちました。家の近くには芸者屋、飴屋、髪結い屋。そういう環境だから、僕の周りにサラリーマンは1人もいない。Yシャツ屋、洋服屋、八百屋、みんな“〜〜屋”です。だから会社勤めをするという発想がなかった。うちの家はネームを彫る刺繍屋でした。小さい時のことでよく覚えているのが、福島県の白河の近くに大和館という宿がありまして、小学校6年の時に集団疎開させられたこと。1年で帰ってきたんですが、その疎開先の旅館裏に、川が流れていたんですよ。食糧も乏しい時代で、そこにクルミが落ちていて、取って食べた記憶。白河の水だけはおいしかったけれど、後になって仕事をした時にいつ死ぬかもしれない、何をやっても怖くないと思うようになったのは、その記憶があるから。白河に倉庫があるのも由縁かな。僕は全てね、その日に考えたことを次の日に行動する人間で、人生観とかないんです。今82歳ですが、なんとなくツイていたから(笑)。けれど最初はクルミから、無から始まっているから、失敗して当たり前って思って始めたんですよ。ファッションは特に好きじゃなかったです。アメ横で2000円くらいのナイロンのジャンパーを買ってね。そういうような格好をしてましたけれど。本当に無計画でした。学校もね、僕は立教のバスケット部に筋肉で入ったようなものなんですよ。当時、新人戦、インカレ、リーグ戦で全国制覇したという記録があって、僕はその1年前の入学なんですけどね。運動部で、勉強もしないで麻雀ばかりやっていた学生でした。午前中に学校行って。午後3時から練習で、6時に終わって麻雀で、それで9時頃に帰って(笑)。学校の試験は部に女の子が5人いて、その1人が明大中野に住んでいたので試験の朝に行くんです。試験が朝9時だから7時頃に行って、玄関で待って今日はどんなことが出るかを2時間電車の中で教えてもらう。それで結局落第せずに卒業することができました。僕は人生観のない、さすらい人なんです。その時その時で逃げるのがうまい人間らしいですよ、僕は。今まで一回も試験で落っこちたことがないんですよ。どういうことかというと、基本的に試験を受けないんですよ、僕は(笑)。(続く)

佐々木 忠
ささき・ただし/1932年生まれ。JUN GROUP会長。アパレルブランドJUN、ROPEを創設。

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SHINGO WAKAGI
text/
KUNICHI NOMURA

本記事は雑誌BRUTUS789号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は789号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.789
男の定義(2014.11.01発行)

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