ライフスタイル

シェーカー教徒の家具作り。

No. 788(2014.10.15発行)
木の椅子と木工
シェーカーの木工細工の中でも有名な、楕円のオーバルボックス。もともとはこうした円形のラウンドボックスやも盛んに作られていた。すべて昔のオリジナル。
使っていない椅子は壁のペグに引っ掛けておくのが特徴だ。宗教的な意味はなく、部屋の清掃がしやすいし、座面に埃がたまらず清潔に保てる、と合理的な理由から。
シェーカーは積極的に技術革新に取り組んだ。これは水車を動力とした木工機械。1858年当時のまま。
水力でベルトが動くと、接続する木工旋盤が高速回転する。椅子のパーツもこうして削る。
かつて100名の信徒が住んだ住居棟。1830年に建造。
マウント・レバノンのコミュニティで生まれた歴史的名品、レバノン・ロッキングチェア。背もたれの天辺についた「フィニアル」の形でコミュニティの識別が可能。また今回取材をしたハンコックのヴィレッジは、20棟の建物をはじめ、広大な敷地で再現されたシェーカーの楽園を見学できる。●Hankcock Shaker Village/34 Lebanon Mountain Rd., Hancock, MA☎(1)413・443・0188。10時~17時。無休。今シーズンは11月2日まで営業。4月から再開予定。入館料18ドル。

時は18世紀アメリカ東海岸。シェーカーと呼ばれる人々が小さなコミュニティを形成していました。勤勉で実直な彼らが作り出す家具や小物は、その後多くの人々の心を捉えます。近代のデザイナーにも大きな影響を与えたシェーカー家具の魅力とは一体……?

期せずして、永遠のモダン。シェーカーチェアという偶然の奇跡。

 椅子の近代デザインに多大な影響を及ぼしたといわれる「三大スタイル」をご存じだろうか。イギリスのウィンザーチェア、中国は明式の椅子、そしてアメリカのシェーカーチェア。中でもシンプルで機能美に満ちたシェーカーチェアは、現代の生活空間にも映える普遍的なモダンさを備えており、多くの人々を魅了してきた。
 デンマークが誇る家具デザイナーボーエ・モーエンセンの代表作《J39》は、シェーカーチェアをリデザインした傑作だ。また世界的に名だたる日系アメリカ人デザイナー、ジョージ・ナカシマもシェーカー家具に感化された一人である。自然を敬い、勤労を美徳とする理想郷で椅子作りに勤しんだ彼らの精神にナカシマは強く共感したという。
 椅子をはじめ、ベンチやキャビネット、机などシェーカーの木工家具は、現在もヴィンテージが高値で取引されており、新しい品もデザイン目利きを中心に、アメリカで幅広く愛用されている。
 そもそもシェーカー教徒とは? 1747年にイギリスのマンチェスターで創始された、プロテスタントの新派がシェーカー教。シェーカーという名は、トランス状態に入り体を震わせながら祈る姿に由来する。イギリス国教会が支配するイギリスでの迫害から逃れ、女性指導者マザー・アン・リーと同志8名がアメリカへ向かったのが1774年のこと。現在のNY州都アルバニー付近に定住し、理想郷を築く。最盛期の19世紀半ばには、東海岸を中心に18の共同体と信徒約5000人を抱えるまでに発展したという。

シェーカーチェアはいかにして生まれたか。

 シェーカー椅子の魅力は、簡素な美しさと、理にかなったデザインがもたらす使い心地のよさにある。その根源をなすのは彼らのライフスタイルと理念だ。
 コミュニティでは生活空間のほか農場や果樹園、養鶏・養蜂場を作り、共有財産制の自給自足共同体を設立した。外部の人々に作物を売って現金収入を得たが、寒冷地のため収穫にはムラがあり、より安定した収入が見込める家具の製作・販売に力を入れるようになる。独身主義を貫く宗教ゆえ、子孫は増えない。勧誘を受けて加わった信徒は、農業や手工業などもともと身につけていた技術をこのコミュニティで発揮した。時代はアメリカ建国前。シェーカーに限らず当時アメリカに渡ったのは、ヨーロッパに反旗を翻し、自由で民主的な理想郷を新大陸に求めた人々だ。ヨーロッパで作り慣れた伝統的な椅子を基本としつつ、装飾は一切排除。シェーカーは虚飾を戒め、神以外への崇拝を禁じていた。よって本来、王家の紋章や花のモチーフを置いた位置には、例えば丸いだけの意匠を。楯の模様ではなく、簡素なラインを刻む。新天地の彼らは家具にも「平等と可能性」の夢を託したのである。
 虚栄や自己顕示欲を戒め、飾りはとことん排除。戒律を厳守する一方で、高い知性を備えていた彼らは、モノは視覚的にも優れているべき、ということも熟知していた。だから例えば機能としては真っすぐで事足りるはずの脚にカーブをつけるなど、見る人の目を楽しませるデザインを心がけた。今回取材したマサチューセッツ州ハンコック・シェーカーヴィレッジでも、スタッフが木のパネルを指してこう説明してくれた。「表面に触れてみてください。平坦ではなく、かすかに膨らんでいるのがわかりますか?」。この点が例えばアーミッシュなどの、無個性な均一性を求める宗教共同体との違いである。シェーカーの作り手は制約の中で自分らしさを表現する。独自の温もりはそこから生まれてきたのだ。興味深いことにコミュニティでは男女同権、また人種による分け隔てもなかったとか。アメリカで公民権運動が本格化するのはその遥か先の1960年代だから、彼らがいかに進歩的な考え方の持ち主だったかよくわかる。人間本位の精神は家具作りにも反映された。年々高齢化する長老たちのため快適な工夫を施し、座り心地のよい椅子が完成したのである。
 技術革新や流通でも時代を先取りしていたシェーカーだが、新たな迫害や時代の推移により共同体は1つを残し閉鎖する。現役の信者はメイン州に3名の高齢者が残るのみ。だが各地のシェーカーヴィレッジは地元の保存団体によって維持され、シェーカー家具も技術を受け継ぐ職人たちの手で、日々丹精込めて作られている。コミュニティこそ今では失われたものの、シェーカーが長年育んだ椅子作りの文化と精神は、時代や場所を超え、今なお継承されているのである。

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photo/
Naho Kubota
text/
Mika Yoshida & David G. Imber

本記事は雑誌BRUTUS788号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は788号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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木の椅子と木工(2014.10.15発行)

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