ライフスタイル

世界のために働くということ。

No. 787(2014.10.01発行)
世界で生き抜く50の知恵
ブータン史上初の民選首相となったジグミ・ティンレイ首相(左)のもとで働く。産業育成という課題のもと、ブータン人たちに一人交じって、公務員として仕事をこなした。
〈気仙沼ニッティング〉では、編み物作家、三國万里子のデザインにより、気仙沼在住の編み手たちが編んだセーターやカーディガンを販売。現在19名の編み手が働いている。

かつて世界で得た知恵は日本で新しい知恵を生み、また世界を変えていく。

「幸福の国」として知られるブータンで首相フェローを務め、現在は気仙沼から手編みのニット製品を届ける〈気仙沼ニッティング〉の社長を務める御手洗瑞子さん。と、それだけ聞くと突拍子もない経歴のように聞こえるが、世界に対する彼女の姿勢は一貫している。
「ふつうに暮らしていて、地球の反対側の人を不幸にしない経済循環」の実現を志し、学生時代からNGOや国際ボランティア団体などで活動していた彼女が、社会に出る時に考えたのは「まずは世の中の仕組みを理解し、足腰を鍛えたい」ということ。コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーで2年半ほど働き、縁あってブータンの初代首相フェローに。GNH(国民総幸福量)という指針を掲げ、経済的に自立することを課題としていたブータンに共感するところがあり、産業育成、とりわけ観光産業に携わった。ブータンでの任期は1年。決して長くはないが、観光局の組織体制から変えることができたのは大きな功績だ。
「自分がいなくなったあとも回っていくような体制をつくる。それができたことはとてもよかったと思います。もともとマッキンゼーでは短い期間で結果を出すという仕事の連続でしたから、そういう働き方には慣れていました」
 任期を全うし、残ってほしいと引き留められたが、2011年、東日本大震災が起こる。
ブータンでの仕事はおもしろかったし、首相はじめ上司のこともとても尊敬していました。でも、日本人である私は、日本が大変ないまは、日本に戻って働く時期だと思ったんです」
 帰国して、東北の復興支援のプロジェクトに携わる。東北を立て直すためには、中長期的な産業の復興・育成が重要な課題だと痛感したが、まだ一時的な支援ばかりが目立った。
「一時的な支援のみを強くすることは、その地域が自立していくのを阻害してしまうことがあります。支援が去ったあとも地域で自立して続いていくものを育てる必要がある。そういう国際協力のリテラシーでは当然のことが、東北ではできていないと思いました」
 海外で、世界のために働くことで身につけたノウハウが役立つと感じた。“いま”を救うだけでなく、“未来”をつくりだすための仕事。これまでは誰かをサポートする立場だったが、自分で何かやる時期が来たのかもしれない。そう思い始めていた時に、「気仙沼のほぼ日」を立ち上げていた糸井重里さんから、構想中の編み物の会社の社長をやらないかと打診される。
東北には、新しい仕事、産業をつくることが必要だし、そのためには種をまいて水をやるような仕事が不可欠だと感じていたので、やろうと決めました」
 その会社、気仙沼ニッティングが掲げるコンセプトは「気仙沼から世界へ」。
「復興支援の商品ということではなく、最初からトップを目指さないと、と思いました。もともと気仙沼の人たちって主要産業が遠洋漁業なので、グローバルな感覚を持っているんです。気仙沼の人は、気仙沼から日本全国へというより、気仙沼から世界へという夢の方が、しっくりくるし、ワクワクするんです」
 彼女はブータンで仕事をするのも、気仙沼で仕事をするのも同じだという。つまり彼女がしていることは、その地域のためだけではない。
「このモデルが成功したら、自分たちの仕事の参考にできたり、勇気づけられる人が世界中にいると思う。貨幣価値の格差や賃金格差を利用した商品づくりではなく、働く人たちが誇りを持つことができて、お客さんにとってもうれしいというモデルを、人件費が最も高い国の一つである日本で成功させるのは、大きなチャレンジだと思うんです」
 彼女が世界に飛び出し、グローバルに働くことで得た知恵は、東北のため、日本のための果実になっている。そして、その実をまた世界のために活かそうとしている。いま気仙沼で彼女が取り組んでいるのは、世界をちょっと良くする仕事なのだ。

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御手洗瑞子

みたらい・たまこ/1985年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。その後、2010年から翌年にかけ、ブータン首相フェローを務める。帰国し、12年から〈気仙沼ニッティング〉に関わり、13年に株式会社化、代表取締役に就任。著書に『ブータン、これでいいのだ』(新潮社)。

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Ichico Enomoto

本記事は雑誌BRUTUS787号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は787号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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