人生

ものを見る眼差しの養い方とは。|尾崎浩司

憧れの人に会いに行く。あの人はやっぱり一流だった。

No. 784(2014.08.16発行)
松浦弥太郎の男の一流品カタログ
一軒丸ごとナラ材で建てた理由の一つは、音楽ホールのような音響環境を得るためでもある。深いブルーは尾崎さんが最も好きな色。
京都・上賀茂に住まいを移した尾崎浩司さんを訪ねる。住まいの名は「霞山荘」といい、庭に突き出した立礼席の小さな茶室がある。
市街地からも近い山あいの傾斜地。屋根の下のスリット窓からは月がよく見える。
立礼席の小さな茶室。格子の建具や木のサッシなど茶室全体が工芸品のような完成度を誇る。庭に面して大きく開く構成がおおらかで清々しい。
古い麻の着物をほどき、手縫いで仕立てた夏仕様のカーテン。
知人の作家に発注した。松浦さんが手に持っているのは尾崎さんが制作をした茶碗。
居間の一角。屋根の傾斜に沿ってとられたハイサイドライトが室内に自然光をやさしく採り入れる。本を読むために置かれた椅子はミース・ファン・デル・ローエのリビングチェア。
キャスター付きの小さな椅子で移動する屋根裏の書庫。
キッチンには織部焼のタイルが使われている。やかんは1850年代のイギリスのもの。
〈バー・ラジオ〉内観。ヨーロッパの民家風一軒家で、アンティークの家具をはじめ尾崎さんが選び抜いたものが並ぶ。
1972年オープンの〈ファースト・ラジオ〉はインテリアデザイン史に残る重厚で美しい空間だった。一枚板のカウンターは那須の〈二期倶楽部〉に移され今も残る。
カウンターの棚にはお酒によって使い分けるグラスが整然と並ぶ。世界に一つしかない貴重なグラスも惜しみなく使う。

この記事は有料会員限定です。
有料会員登録してお楽しみください。
登録済みの方はログインしてください。

BRUTUS.jpについてはこちら

尾崎浩司
● 〈バー・ラジオ〉店主
おざき・こうじ/1944年徳島県生まれ。72年東京・神宮前に〈バー・ラジオ〉を開店。バーの内装をデザイナーが手がけることがまだほとんどなかった時代に、インテリアデザインを杉本貴志に依頼。生け花や茶の湯で修めた所作や美意識に基づき、バーテンダーとして独自のスタイルを完成させた。86年〈セカンド・ラジオ〉、98年〈サード・ラジオ〉オープン。現在は、南青山で〈バー・ラジオ〉を営業中。

photo/
Taro Hirano
text/
Tami Okano

本記事は雑誌BRUTUS784号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は784号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.784
松浦弥太郎の男の一流品カタログ(2014.08.16発行)

関連記事