書籍・読書

チャイニーズガール、美的トラウマの波紋。

滝本誠のCAFÉ NOIR

No. 783(2014.08.01発行)
アウトドア大全

 自然引退したのか? と思われていたデイヴィッド・ボウイの一昨年の不意打ち的なアルバム・リリース(『ザ・ネクスト・デイ』)は嬉しい驚きでしたが、さらにリリース直前、リリース後と矢継ぎ早にネット配信されたPVにも驚かされました。特に「スターズ」における女優、ティルダ・スウィントンのあられもない胸はだけ演技に鬼気迫るものがあり、とんでもないものを見せられたと思わないでもなかったですが、彼女はポン・ジュノ監督の『スノーピアサー』では嬉々として変態総理を演じていました。素敵です。
 胸とはいえない何か、以上に心底驚かされたのは、部屋に飾られた1枚の絵、トレチコフの《チャイニーズ・ガール》(1952)なのです。そうか、ここでまた復活してきたか、ボウイとともに、という驚き。
 待望の評伝もようやく刊行されました。というのも、トレチコフの作品は人気はあったものの、そのあまりのキッチュさとプリントによる大量販売ということもあって、いわゆる美術史からは相手にされてこなかった、故に誰にも評伝を書こうという試みがなされなかったようなのです。掲載した書影、トレチコフの背景が《チャイニーズ・ガール》です。一目見たら忘れられませんよね、この毒々しい表情。
 とにかく、美術界からは完全無視されつつ、知名度と稼ぎぶりは群を抜いていて、1960年代イギリスにおけるトレチコフは〈カルト〉の様相を呈したのです。中国の満州のロシア系夫妻の息子として生まれ、それから運命の翻弄が始まります。上海、シンガポール……世界を転々し、冷戦中は怪しい動きも時に見せながらロンドンに落ち着き、当時のイギリス人の美的〈トラウマ〉のような存在となっていったようなのです。モンティ・パイソンも、ハリウッドから帰英してのヒッチコック(『フレンジー』)
も、ニコラス・ローグ(『パフォーマンス』)も、この美的〈トラウマ〉を自作に取り込みました。「チャイナ・ガール」をかつてヒットさせたボウイも、今になってようやく告白ですね。
 とにかく、トレチコフの作品は癖が強く、好き嫌いがありそうですが、一度はキチンと展覧会して欲しいですね。

たきもと・まこと/東京藝術大学卒業後、編集者に。近著に『映画の乳首、絵画の腓 AC 2017』(幻戯書房)。

本記事は雑誌BRUTUS783号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は783号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.783
アウトドア大全(2014.08.01発行)

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