現代ポーランド映画を代表する一作『イーダ』、サラ・ポーリー監督作『物語る私たち』が公開。
今年、現時点で最も素晴らしいと思った作品のうち2つが、“出世の秘密”をめぐる物語だった。
『イーダ』の舞台は1960年代初頭のポーランド。戦争孤児として修道院で育てられたアンナは、ある日、院長から親類がまだ生きていることを知らされる。唯一の血縁、おばのヴァンダのもとを訪ねた彼女が、そこで耳にしたのは、知られざる衝撃の事実だった。「あなたはユダヤ人。本名はイーダよ」。両親の墓参りをしようにも、第二次大戦中に死亡したユダヤ人に墓はなく、遺体も存在しないと言うヴァンダ。アンナ、いやイーダはおばを伴って、両親が戦時中に住んでいた家へ向かう。そのかすかな痕跡を追って。モノクロ、スタンダードサイズの映像は洗練され、不安定な構図が作品全体に緊張感をみなぎらせる。音楽でコルトレーンをフィーチャーしているのは、ポーランド・ジャズが全盛を誇った当時の反映だ。もちろん、ユダヤ人が直面した悲劇の記憶は重く、とても苦い。わずか80分の尺だが、その80分間が心揺さぶるもので満たされている。
心を激しく揺さぶられるのは『物語る私たち』も同じだ。女優サラ・ポーリーの長編監督3作目となるドキュメンタリーは、彼女が父や兄姉たちにマイクを向ける様子から始まる。彼らが語り出すのは、サラがまだ11歳の時、若くして亡くなった母、ダイアンのエピソード。そして、サラは母の秘めた恋を知り、自分の出生にまつわる謎と向き合うことになる。特筆したいのは、ともすれば湿っぽくなりかねない題材を、軽やかに、ユーモアを交えて探求したサラの傑物ぶりだ。「悲劇は、気をゆるめると、喜劇になる」。そんな劇中の一言を地で行く、愛する人たちの過ちすら受け入れ、慈しむ破格の一作。文句の付けようがない。
『物語る私たち』
監督:サラ・ポーリー/初監督作『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』でアカデミー賞にノミネートされたサラの監督最新作。今は亡き母の思い出をめぐる、それぞれの物語が編み上げられる。見事な構成力。8月30日、渋谷ユーロスペースほかで全国順次公開。
『イーダ』
監督:パヴェウ・パヴリコフスキ/出演:アガタ・クレシャ/戦後の東ヨーロッパを覆った光と影が、ある少女の身の上に重ね合わされる人間ドラマ。極端に切り詰められたセリフがグサグサと胸に突き刺さってくる。8月2日、シアターイメージフォーラムで公開。
- text/
- Yusuke Monma
本記事は雑誌BRUTUS783号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は783号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。